クリスマスマーケットの二人大きいことは良いことだ。
ステーキ、ハンバーグ、カツレツ。大きければ大きいほど嬉しい。
そう、巨大であることはそれだけでエンターテイメントになる。
ガラル地方のダイマックスもそうだ。ダイマックスポケモン同士の技のぶつかり合いは、試合が最高に盛り上がる瞬間だろう。
いま目の前にそびえる巨大なクリスマスツリーも、ただ巨大であるというだけで人々を興奮させる。あちこちに吊るされたプレゼントボックスやキャンディーケイン、ジンジャーブレッドマンを模した飾りに、ポケモンのマスコット。大人も子どももはしゃいでツリーを背景に記念撮影している。
「……綺麗だね!」
「はい……」
そう言って自分を見上げてくるカブさんは、非日常の光景に高揚しているのか、瞳を輝かせている。巨大なものなど見慣れているだろうに。
いや、カブさんがきらきらしく見えるのは、自分がこの人に特別な想いを抱いている故の錯覚なのかも知れない。
(自分も、この雰囲気に呑まれているようですね……)
決して悪い気分ではなかった。クリスマスマーケットは冬の寒さに負けないとばかりに明るく、温かく、楽しげで。なにより普段は食べられないものがたくさんあるのだ。どうしたって浮つく。
「ぼくらも写真を撮ろうか。あ、いや、食べる方が先かな」
「よろしくお願いします……」
「ははは! かまわないよ! なにを食べようか」
いつだって食が最優先事項の自分を呆れもせずに付き合ってくれる。カブさんの笑顔は本当に晴れやかで、自分の気遣いの足らなさなど軽く吹き飛ばしてしまうのだ。
「僭越ながら……カブさん、クリスマスマーケットの初手はグリューワインと決まっています」
( ※決まっていません )
「なんと! 流石だね、アオキくん!」
カブさんには申し訳ないが、クリスマスマーケットに誘っていただいた時点で事前調査を行い、グリューワイン⇒カリーヴルスト⇒ヴァイツェン(小麦ビール)⇒シュニッツェル(カツレツ)⇒グラーシュ(シチュー)⇒ツッカーマンデルン(砂糖がけアーモンド)⇒ホットチョコレートと既にプランを組み立ててある。
どこまで予定通りに食べられるかは分からないが、とにかくグリューワインが無ければ始まらない。広場を囲むように立ち並ぶ屋台へと向かった。
「アオキくんが、まずお酒を口にしようと言い出すのは、めずらしいね」
「ええ、自分でもそう思いますが……失礼」
一言、断りを入れてカブさんの頬を手で包む。冷たい。熱い心を持っている人でも、冬の夜に外で過ごせばこうなるものだ。
「屋外ですからね。やはり冷えていますよ……熱いワインで身体の内から温まりましょう」
「……な、なるほど! そういうことだね、うん!」
注文すると目の前で湯気の立つ鍋からカップへと移される。手渡された瞬間に煮詰まったアルコールのぐわっとした濃厚な香りが押し寄せる。
「アオキくんの言うとおりだ。これは温まりそうだね!」
「いただきます……」
ぐいっと飲めば、シナモンなどのスパイスの香りが頭のてっぺんに突き抜けていくようだ。アルコール特有の喉を焼く感覚、熱いものが胃に届く感覚が、寒い夜に心地良い。
カップと一緒に渡されたスプーンで、ごろりとした感触を引き上げる。
「わ! リンゴだね? すごい色に染まってる」
赤ワインに漬けられたリンゴはもう、リンゴ特有の味はほとんど無く、しかしシャクシャクとした食感は残っていて。ちょっとしたデザート、いや、前菜だ。
「うまい……ああ、もっと食べたくなってきました……」
「次はメインディッシュかな!」
「はい、カリーヴルスト……ソーセージです……」
湯気の立つカップで手を暖めながら次の屋台に向かう。
グリューワインと違いこちらは幾人かの客が並んでいる。ちょうど夕食の時間だ。ある程度は仕方ない。
「頼もしいね、アオキくん。それに、なんだか楽しそうだ」
「まあ……普段は見かけないメニューが食べられる機会ですから」
楽しんでいるように見えるのだろうか。あまり自覚は無い。むしろカブさんの方が、ずっと嬉しそうに微笑んでいる。
「きみは、こういったイベントごとは苦手なのかと思っていたよ」
「イベントで業務が増えるのは、勘弁、願いたいですね」
アカデミーの学校最強大会の視察だとか、パシオで行われるトーナメントだとか。お断りしたいのですがトップから命じられればやらざるを得ません。難儀なものです。
「仕事では無いなら歓迎かい?」
「はい……それに、非日常を味わえばこそ、家に帰ってから食べる飯も格別になります……心から安らげる場所で食べる飯が、一番だと再認識できます……」
退屈な日常にあっては、心を踊らせる非日常を求め、ほどほどに満足してまた日常に戻る。人間の生き方などこんなものではないだろうか。
「うん……。特別な日があるから、平凡な日常の大切さに気づく……といったところかな?」
「そうです……」
「なるほど、きみらしい考え方だね!」
常に上を目指し続けるカブさんとは異なる考え方かも知れない。昨日より今日、明日をより良くしようという人々からすれば、いずれ日常に戻ることを、平凡な日常を続けることを望む自分の在り方は、受け入れられないだろう。
けれどやはり、この人は否定することなく穏やかに微笑む。
「ふふっ また少し、アオキくんのことが分かった気がするよ!」
もう誰よりも分かっていると思います。こんなにも自分の考えを真摯に受けとめてくださるのはカブさんくらいですので。
「あっ! アオキくん、順番が回ってきたよ! カレーなんとか二つで良いんだったね?!」
「はい、お願いします……カリーヴルストです」
鉄板でこんがりと焼かれたソーセージが皿に移される。ケチャップとカレーパウダーをたっぷりとかけられ、ザワークラウトとブレートヘンが添えられて渡された。紙皿越しでも熱々だ。
「ここで食べちゃおうか」
「そうですね……」
テーブルとベンチが用意されたエリアが遠くに見えるが、たくさんの人でごった返しているようだ。あそこまで行って、二人で座れる空いた場所を探して、探して、いや探している内に冷めてしまう。
近くにあるハイテーブルで立食することにした。
ブレートヘン……モンスターボールほどの大きさの白パンを割いて、ソーセージを挟む。かぶりつけば、ケチャップの酸味とカレーパウダーのスパイシーな味が絶妙なバランスで絡み合い、肉の脂と混ざって美味い。ソーセージのぱりっとした皮の奥には、歯ごたえのあるジューシーな肉の塊。脂を吸った白パンも一緒に食べればまた味わいが変わる。
「うまい……」
「美味しいねえ! ああ、そうやって食べれば良いんだね」
「いえ、食べ方に決まりはありませんよ」
見ればカブさんは、一緒に渡されたプラスチックのフォークとナイフで一口サイズにカットし食べている。失礼ながらイメージと、想像と違う。もっと、豪快に食べるものだと思っていた。
「……その、上品ですね」
「ありがとう!」
カブさんとはもう何度も食事に行っており、カトラリーの使い方が丁寧な人だというのは分かっていた。だが屋外でラフに食べるときもそのスタイルを崩さないのだと知った。
「むかし、フェアリージムのジムリーダーにね、テーブルマナーを叩き込まれたんだよ。染みついてるんだね。その人はずうっと年上の大先輩(16歳)で、今も頭が上がらない……尊敬している人なんだ」
少し恥ずかしそうに彼ははにかんだ。
「……ガラルに移籍したばかりの頃、その人に『振る舞いが子悪党のようだ』って叱られてね。当時のぼくは、ポケモンバトルしか頭に無い若輩だったから、マナーだとか所作だとか、そんなもので勝てるようにはならないって、蔑ろにしていたんだよ。だけど、その人に『それでは相手に侮られる』と言われて考えを改めたんだ。姿勢を正しているとね、相手もぼくに真っ直ぐ向き合ってくれる。そうやって初めて対等な試合ができるんだ」
昔の話を前置きもなく語るなどカブさんにしてはめずらしい。飲み慣れないグリューワインで少し酔っているのかも知れない。穏やかな低い声で紡がれる過去は、何故だか心地良い。
「カブさんらしい理由、ですね……」
「アオキくんもやってみるかい?」
「ふむ……」
ふと、背中側の肩甲骨を意識して肩を引き、首の骨を背骨に、腰骨に乗せるようなイメージで、後頭部を引いた。皿の端に追いやっていたフォークとナイフを手にとってソーセージをカットし、口に運ぶ。
咀嚼し、味わい、ごくり。飲み込んでカブさんに向きなおれば。
「いかがでしょうか」
「……か、かっこいい、ね……アオキくん……!」
顔を真っ赤にしてしどろもどろに褒める。可愛い。なんというか、とても、可愛らしい。
「ゃ、あ、しかし、いつも、の、きみらしくはない、かな……」
「そうですね……よく分かりました」
「あ! いや、失礼なことを言ったね。すまない。と、とてもかっこ良いよ。格好良かった……!」
両手のカトラリーをぎゅぅっと握りしめて、力強く同じ言葉を繰り返す。その様子がどこか幼く見えて、愛おしく感じる。
「ありがとうございます。カブさんへの切り札が一つ増えました」
「うう……ほどほどにしてくれよ……」
「承知しました」
背筋を伸ばして姿勢を正しく。なかなかに疲れる行為であり業務や上司命令でもなければやりたくは無い。しかしカブさんを見惚れさせる効果があるのならば。たまにやるのは、やぶさかではない。うん。