カップルの定義なんてカブさんは勘が鋭いのだろうか。時折、自分の本心を見抜いて言い当ててしまう。今もそうだ。
「これが食べたくて、この店を選んだのかい?」
「……はい」
隠しても仕方ない。素直に認めた。瞬間。好奇心に満ちた表情がへにゃりとくずれて、クイズに正解した喜びに笑う。
「アオキくん、以前に話してくれたね。ローストビーフはグレービーソースよりも、もう少し刺激的な味のソースが良いって!」
「覚えていたんですね……」
お恥ずかしい限りだ。自分は食のこととなると饒舌になる悪癖がある。聞き流して欲しいのだが、カブさんは真面目な性格のためしっかりと記憶している。忘れてくれて構わないと伝えても「他ならぬきみのことだから」とかわされたのだった。
「……残念ですが、カブさん。これは注文できません。別のメニューにしましょう」
「えっどうして」
視線が落ちる。メニュー表を広げたその手はいつものグローブを嵌めておらず、プライベートでここにいるのだということを強調させた。普段はハイパーボールを力強く握っているその手が、今は小さく感じる。
「あぁ、カップル限定メニューだったのか!」
「はい……」
マスタードソースの添えられたローストビーフやほうれん草のキッシュなどのセイボリー、そしてマカロン、タルト、シュークリームといったデザート、定番のスコーンとクロテッドクリームで構成されたアフタヌーンティーセットには、赤いハートマークに白文字で『カップル限定』と書かれている。
なぜ、なぜローストビーフを単品で注文させてくれないのだろうか……。
この世の無情を嘆きつつページをめくり、グリルチキンやスモークソーセージの字面に想像をふくらませる。
「……アオキくん!」
カブさんはやや頬を朱くしながら小声で叫んだ。
「頼んでみようじゃないか! あ、いや、アオキくんが食べたいのなら、ね! ぼくもこのアフタヌーンティーセット、食べたい気分なんだ!」
「そうですか……」
まるで、受かるか分からない試験にとにかく挑もうと意気込むような。挑戦者の顔をしている。だがその瞳はほんの少し揺れていて。カブさんの感じている恐れが見えた。
カップルではないと断られるかもしれない。店に。自分に。
恐れを乗り越えて彼は挑んだ。だが自分は正直なところ、こういった駆け引きは苦手だ。どうか自分を試すような真似をしないで欲しい。
自分の心は既に決まっているのだから。
「わかりました」
すぐさま店員に声をかけ、カップル限定のアフタヌーンティーセットを注文した。
「かしこまりました。お紅茶は食後ではなく直ぐにお持ちいたします。銘柄をお選びください」
「ぇっ、ぁ、えっと……ダージリンを」
「自分も、同じものを……」
「かしこまりました。この他にご注文はよろしいでしょうか」
頷けば店員は軽く会釈し下がった。
「……やったねアオキくん!」
「はい……楽しみです……ローストビーフ……」
時代、というやつだろうか。自分たちのようなおじさん二人がカップル限定メニューを注文しても咎められない。世の中の価値観のアップデートについて行けず戸惑うこともあるが、こういった恩恵もあるのだなと感慨に耽る。
いつからだろうか。気づけばカブさんは頬どころか耳まで朱く染めている。ホウエンの白い肌にそれはよく目立った。
「……あかい、ですよ」
「?!」
手を伸ばし耳にふれる。骨の輪郭に、柔らかな耳たぶに、裏側の、付け根のあたりをするすると愛撫した。親指で孔をふさぎ、軟骨にそって柔らかな肉をなぞる。舌を這わすように。
「…っ…ふ……ぅ……ぁ、あお、き、くん……」
「カップルですので」
笑い、手を離せば、首筋まで朱く染めた彼が声を堪えて涙目でこちらを見つめていた。