呼び方「少しいいかな」
その髭切は萬屋で声をかけて来た。
会計列が混んでいるので、主の会計を待って店の入口にいた時の事だった。
「なんで主の事を小鳥って呼ぶの」
「君の本丸に私はいないのか」
「うーん、中継の間に少しだけ」
どうやら髭切の主は臨時で派遣される審神者であるらしい。
山鳥毛がいる本丸でなければ、何故そうなのかはわかるまい。
「ああ、昔の言葉だが、一団の長の事を部領使 (ことりづかい) と言うのでね」
「つまり、山鳥毛の言う小鳥は小さい鳥じゃないって事なんだね」
「まぁ、私は鳥に例えた物言いをするのでね。
どの私にとっても主は私には可愛らしい小鳥のようなものだ」
会計を終えた主が歩いて来たので、つい手を振ってしまった。
「ふぅん」
髭切は山鳥毛の主を見て、納得したようだった。
山鳥毛の主はプロレスラーのヒールで、いまだに兼務している。
とてもじゃないが小鳥、とは程遠い外見をしている。
体もごついし強面で、他の審神者に露骨に怖がられる事も珍しくない。
髭を剃れば印象は和らぐのだが、ヒールのイメージを保つ為に試合の予定が組まれている間は髭を剃る事がない。
ことり、と呼びかけた時にぽかん、としてしばらくしてから自身を指して首を傾げた時の顔は忘れられない。さらに小鳥、と呼べば首筋まで赤くなったのも。
そんな風に呼ばれたの初めてだ、と照れた表情にやられたのだ。
山鳥毛から積極的に攻め立てて、晴れて恋仲になった。山鳥毛が鞘側になったが、後悔はない。
「ありがとう、謎が解けたよ」
礼を言って去って行っていく髭切を見送り、主と並んで本丸に帰った。
なんのことはない立ち話が、他の同位体を救う事になるとは思っていなかった。