誕生日と時計の話「七海さん!その時計ください!!」
「お断りします」
ここ最近している会話。七海さんとご飯食べに行った帰りに決まりのように言ってみてるけど、毎回即答で断られてる。
「なんでなんですか〜!」
「君の給料ならこれより良いもの買えるでしょう。10年前デザインですよ、これ」
10年前のものを現役で使えるなんて七海さん物持ち良いんですね!!
でも、なんで10年前のもの使ってんだろ。七海さんをリスペクトしてる俺的に気になる。
「それなら、七海さんの給料ならもっと良いの買えるはずですよね?」
「えぇ、実際にイギリスのブランド時計なら一つ持ってます」
やっぱりいいの持ってるじゃん。でもなんでそれなんだ?
見るからにそんなに高いブランドのものじゃないし、俺でも買えそうなものじゃん。
「本当になんでこれ使ってんですか?」
「そうですね・・・・強いて言うなら、趣旨返しとお守り代わりでしょうか」
「趣旨返し?」
どういう事だ?どんな風になったら使うことが趣旨返しになるんだ?
「これを贈った人は、一足先に時計の針を止めてしまったので」
そう言って時計を撫でる七海さんの顔は優しい顔で、まるでその時計の送り主が恋人なんじゃないかってぐらい甘い声で続きを言う。
「君の想いごと、この先の人生を刻んでやりますよっていう趣旨返しです」
「はぇ・・・・」
それってこの先ずっと君の事思い出しながら生きますよって言ってる?
え、七海さんそれは流石に重すぎる・・・でも相手の時計の針が止まったってつまりそういうことだよな。えぇ・・・なんか、一周回ってかっこいい。
「すっげぇ一途でかっこいいっすね・・・マジで尊敬します」
「いきなりなんですか」
そう言って歩き出す七海さんの背中を追いかけるように小走りで駆け寄って斜め後ろを歩く。ふと、その時計を贈ってもらった日が気になった。
「その時計っていつ貰ったんですか?」
「今日ですよ。7月3日」
「今日?」
「私の誕生日なんです。10年前の今日、教室でもらいました」
「誕生日・・・誕生日!?」
七海さん誕生日なの!?え、俺普通に焼き肉奢ってもらっただけじゃん!!お祝い出来てねぇ!!
「七海さん!!!!」
「何でしょう」
「誕生日、おめでとうございます!!」
せめて祝いの言葉だけでも言わねぇやばいと思ってその場で声張って言ったけど、やっぱ明日パンかケーキ買って渡すべきかな。
頭を下げたまま色々と考えてたら、頭上からかすかな笑い声が聞こえてくる。
「ありがとうございます・・・フフッ」
「・・・へへっ、七海さん!その時計貰った時の話聞かせて貰っていいですか?」
今度は隣に並んで少しだけ上機嫌な七海さんの話に耳を傾ける。
同期の話、その同期に恋をして付き合い始めて初めて迎えた誕生日の話。
どれも七海さんに大切なもので、時計と一緒に詰まってる。
その話をする七海さんの顔も嬉しそうで、俺も嬉しい。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけその同期さんが羨ましいなぁって思うけど。
でも、今日だけは許します!!
そう心の中で言い聞かせた時、七海さんの左肩に乗る手が見えて、その後に俺と七海さんとは違う声が聞こえた。
『七海の事、よろしくね』
「・・・・まっかせてくださーい!!!」
「猪野くん、酔ってますか?」
七海さん!ひどい!!と叫びながら、暗い夜の道を歩いていった。