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    あいぐさ

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    あいぐさ

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    ファウストの夢とフィガロと月の光の話

    月光 夢を見た。いや、もしかしたら昔の記憶かもしれない。でも、きっと夢だと思う。
     フィガロと一緒に冬の海に来ていた。ただそこに存在することすら許されないほどの寒さに、ファウストは自分の身をぎゅっと抱きしめる。それでも、まだ震えは止まらない。そんな場所だ。
     師匠は、寒さに慣れているからと笑った。笑ったまま、ゆっくりと浜辺を歩いていく。
     明らかに海に入ろうとしていた。フィガロ様、と呼び止める己の声はびゅんと吹いた風に掻き消される。
     波打ち際で一度振り返ったあの人は、にっこり笑った。優しさでも、憐れみでも、怒りでもない。全てを諦め、ただ口角をぐっと上げただけの笑み。目の前にいる自分など見えていないような、そんな視線にとてつもなく怖くなった。
     砂浜ではない。岩でもない。海でもない。僕は、あなたの弟子だったファウスト・ラウィーニア。そう言ってやりたいのに、いつも大きな声の出る声帯はか細く震えるだけ。
     動かないファウストにちらりと目線を向けたフィガロは、そのままじゃぶじゃぶと海の中に歩いていく。真っ直ぐに伸びる月の一本道を、ただひたすらに進んでいく。
     たった数十秒で、ふわり、白衣が水面に浮いた。心臓がぎゅと摘まれる。
     まるで体積が一気になくなったような光景が見えた。

     そこからは何も分からない。ただ、寝巻きにびっしょりと汗をかき、やけに早い鼓動の自分が、ベッドの上で項垂れているだけだ。
     カーテンの外は厄災の光で部屋の中よりも少しだけ明るい。夜更けであることを確認し、ファウストは静かに部屋を出る。
     誰もいない階段をゆっくりと降っていく。魔法で足元は照らしながら廊下を進んでいく。
     そのときだった。
    「……ファウスト?」
     呼ばれた途端、身体が震える。不思議そうな声の主は、手に酒瓶を抱えたまま困ったように笑う。
    「どうしたの、こんな時間に」
    「……別に」
     無愛想に背を向けたファウストに、フィガロは何も言わない。おやすみ、と後ろから声が聞こえるが足音は聞こえてこない。
     今は、会いたくなかった。顔を見ると、声を聞くと、どうしても思い出してしまう。どうして、何もできなかったのか。夢は夢だが、あまりにも虚しいのだ。
     階段を登り切る前に、ファウストはもう一度振り返る。ちょうど、フィガロと目が合った。

     月光に照らされた彼は、優しげにこちらを見つめていた。
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