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    あいぐさ

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    あいぐさ

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    旅先で早起きしないフィのためにコンビニで朝ごはんを調達するファの話

    一緒にいるために せっかくのオーシャンビューなのに天気は大荒れ。それに気付いたのは一階のバイキング会場に着いてから。だって、朝起きてから一度もカーテンを開けていない。
    「うわ……」
     思わず出てしまった己の声にどこか呆れながら、ファウストはレストランの受付にチケットを見せる。案内された窓際の席は、天気が良ければきっと見晴らしがよい素敵な場所なのだろう。
     和、洋、中、加えてデザートやフルーツ。ぐるりと見渡す座席は半分ほどは埋まっている。大きなホテルのバイキングらしく、大会場をうねるようにたくさんの料理が並べられていた。
     ファウストは大食いのタイプではない。けれど、決して食べないわけでもない。大きなプレート一枚分と小さなプレート一枚。ドリンクも二杯ほどおかわりをして、目の前で焼いてくれるオムレツも食べた。
     滞在時間は約三十分。ほどほどにお腹いっぱいになったファウストは、そのままの足でコンビニに向かった。電子マネーで支払いを済ませ、再び部屋に戻っていく。
     カードキーを当てればガチャリと解錠の音が鳴る。電気を明々と照らし、袋を鳴らしながら部屋に入っていく。
    「おい、起きろ」
     備え付けの冷蔵庫に買ってきた食材を入れながらファウストは強めにマットレスを叩く。うぅ、と呻き声が聞こえてきた。
    「おい、もう朝だ。いい加減起きろ」
     次に布団を剥ぎ、肩を力一杯揺らしてみる。迷惑そうな顔で枕に顔を埋める年上の男に、ファウストは分かりやすく舌打ちをした。
    「さっさと起きろ、全く……」
     スリッパを脱ぎ足で硬い尻をぐいぐい押せば、再びうぅと呻き声を上げる。ここまで寝起きが酷いのはずいぶんと久しぶりだ。
    「こいつ……」
     再び大きな舌打ちをして、ファウストはしっかり閉められたカーテンを開ける。窓辺だとざあざあと打ちつける雨粒の音がより大きく聞こえた。
    「ん……ファウ、スト?」
     顔をペチペチと叩きながら、ずいぶんと情けない声が聞こえてくる。
    「……おまえ、どうしてそんなに寝起きが悪いんだ?」
    「うん……、そうだね……」
     再び枕に顔を埋めようとする男から枕を取り上げ、ファウストはがしがしと髪の毛を触る。
    「ちょっと、待って、ちゃんとさ、起きるから、ね」
     そんなファウストの手を煩わしそうに払いのけたフィガロは、ぐしゃぐしゃにされた髪の毛をかきあげながらのそのそと起き上がる。そんな彼の背中を強めに叩き、ファウストは冷蔵庫からパイナップルのカットフルーツとアイスコーヒーを取り出した。
    「食べれるか?」
    「うん、食べる、食べるよ、でもちょっと待ってね……」
     なんとか起き上がったフィガロはふらふらしながら洗面所に向かっていく。水の流れる音を聞きながら、ファウストは大きなため息を吐いた。
     フィガロが朝に弱いことを知ったのは、きっとこうして一緒にいるようになってからだろう。朝のバイキングやアクティビティは初めは無理して付き合ってくれていたものの、今じゃすっかり諦めている。
     最初は強めに起こすことはずいぶんと抵抗があった。年上で、悪態はつくものの尊敬していて、大切で。そんな人に大声を出すのはどうしても良心が痛むのだ。
     けれど、今となってはもう別である。なにせここまでしないと全く彼は目を覚まさないのだ。むしろこうやって起こしてあげる方が優しいとすら思ってしまう。
    「ごめん、お待たせ」
    「さっさと起きろ」
    「ごめんね、つい……」
     顔を洗い、髪を軽く整えたフィガロは、気まずそうな顔をしながら椅子に腰掛ける。ずい、とパイナップルとアイスコーヒーを差し出せば、彼は礼を言いカップをの蓋を開けた。カットされたパインを緑色の小さなピックで器用に持ち上げた彼は、どこか申し訳なさそうな顔をする。
    「きみも食べる?」
    「あいにくお腹がいっぱいだ。おまえが起きられなかったバイキングでな」
     ふん、と目線を逸せば、情けない笑い声が聞こえてくる。
    「やだな、いじめないで。きみ一人で楽しんできてって言っておいたじゃない」
    「一人で来ているのは僕ぐらいだったが?」
    「それは、うん、ごめんね……」
     パクパクと食べながら、フィガロは困ったように笑う。朝全く起きられない人が起きられるようになるのは非常に難しい。ファウストも、そしてフィガロもすっかり諦めてしまっている。
    「どうだった?」
    「おいしかった。あとは豪華だった。朝に欲しいなって思うものは全部あった気がする」
    「いいな、俺も行けばよかった」
     行く気もない癖に。非難めいた目で見つめれば、フィガロはふっと目を逸らした。逃げるなと言ってやりたかったが、別に朝から喧嘩をしたい訳ではない。静かにため息を吐くことで怒りを外に逃がしていく。
    「チェックアウトは一時間後だ。荷物は?」
    「多分大丈夫、昨日のうちにまとめておいたからね」
     フィガロが指を差した先には、スーツケースが二つ。上には入りきらなかった土産袋が置かれている。起きられない癖に、こういうところはしっかりしているのが癪に障るものだ。
    「いつもありがとう、ファウスト」
    「……別に」
     優しげな笑みでゆっくりと頭を撫でられる。すぐに振り払ったけれど、それでもフィガロはニコニコと笑みを浮かべたままだ。
     どうかしている。礼を言われて頭を撫でられただけで、つい嬉しくなってしまう。単純な自分がどこか嫌になる。
     けれど、これでいいとも思うのだ。
     パイナップルを食べ終えたフィガロは、ストローでアイスコーヒーをゆっくりと吸い上げていく。セットされていない髪のせいか、いつもより表情があどけなく見えた。
    「うん?」
     見つめられていたことに気付いたのだろう。男は目を細め、優しげに笑いかけてきた。
     きっと、フィガロは一人で起きようと思えば起きられるのだろう。
     けれど、こうして堕落した姿を見せられ、世話をさせてくるこの行為が、きっと彼なりの甘えなのだ。
     それならせいぜい甘やかしてやろう。そして、この心地よさから出られなくなればいい。
     そうしたら、きっとあなたはこれからも一緒にいてくれるはずだから。

     そんな邪心めいた願いを、ずっと持ち続けている。
     
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