何もない日のゼルくん今日は、
久しく冒険者としての依頼も、錬金術師の納品依頼も、何もない珍しい日だった。寝具の上で惰眠を貪っていると、顔の上にサンドフォックスが陣取ってくる。
コイツは…確かロウェナ商会の取引が行われている建物の裏で、お腹を空かせて蹲っているところを手持ちのバーチシロップで手懐けたというか。以後後ろをついてくるようになった。
寝坊をしかけると決まってコイツは顔の上に居座る。今日ぐらい良いだろうと思ったのだが、仕方なく重い腰を上げる。両手で奴を掴みそっと床に置いた。
リテイナーから定期的にバーチシロップを届けてもらうようにしているので餌には困らない。魔法で冷凍したバッファローのステーキを解凍し、中火ほどのファイアで炙り、そこにシロップをかけたものが最近の好物らしい。調理器具の火ではなく魔法を所望なのは、自分が多少黒魔法の心得があることを知ってのこと。
丁寧に調理してやると、表情の乏しいコイツの耳が嬉しそうに動くのが、見ていて楽しかったりする。
コイツを見ていて思うが、自分が人間よりも動物が好きなのは、素直であるからだろうと度々思う。手懐けた騎獣達も、見た目こそ恐ろしいが、野営した時のあの安らかな表情と寄り添う仕草を思い出すと愛おしくてたまらない。
記憶にないが、自分は生まれた頃捨てられたらしい。砂漠に生まれ、夜の冷え切った森に捨てられ。おまけに右目の色まで変わって視力も落ちて。まだ理性のない頃で良かった。それからひっそりと黒衣森で育ってきたが、出稼ぎに行く時以外、森に閉じこもっていたおかげで人というものがわからなかった。
正確には都市コミュニティというものの人がわからなかった。成人してグリダニアに上京したての頃は、多くの人の行き交いに目が回りそうで度々カーラインカフェにお世話になっていたな、と頭をよぎる。
ああ、嫌な記憶が蘇ってきた。
名前の規則と身体的特徴が一致しないことで、同族の冒険者に嫌味を言われたことがあったか。半端者、同族の恥、異端者……それはそうだ。ミコッテ族は氏族または部族に誇りを持っている。自分のような変わり者はいないだろう。勿論、自分だって、育ててくれた両親には返しきれない恩があるし、同じ家族になれたことを誇りに思っている。ただ、言われる度に、事実であるが故に、言い返せぬまま一人孤立していた。
半端者であるが故に光の戦士というものに選ばれたのか。自分でも未だに納得できていない。都市に顔を出すたびに英雄と持て囃されるあの空気は、自分にはたまらなく不快だった。それで、いつからか頭を覆う装備を街中で外すことがなくなった。頭を覆っている時だけは、自分がいない世界の音を聴くことができたから。
唯一信頼できたのはルイと暁の面子だった。自分が初めて自己紹介した時も、否定ではなく理解から入ってくれた。自分を理解してくれた人達が世界のために奔走している。その事実が自分をここまで至らせてくれたのかもしれない。
思考を切り替えよう。…よし。
何もない日だ、折角だし両親へ手土産でも持って帰ろう。私の噂は終末の一件で流石に故郷にも届いているだろうし、義母さんは何と言うだろう。義母さんはとにかく心配性だから、色々申し訳なくなる。
戸締まりを済ませ角笛でバトルタイガーを呼び出すと、機嫌がいいのか喉を鳴らしながらすり寄ってくる。撫でてやると気持ちよさそうに目を瞑る。
「今日は実家まで帰ろうと思うんだ。お前の好きな鶏肉も、義母さんが良いものを振る舞ってくれるよ。」
それを聞いたからかいつもより飛ばすぞ、という意欲を彼から感じる。
勢いよく跨り居住区を後にした。いつもより空が澄んでいるような、そんな気がする。