Ifゼルくんのとある一日遅めの特徴的なノックと、年季の入った革靴が締まる足音。公務をこなしていると、御義父様が訪ねてきた。
「入ってもいいか。」
普段と変わらない、落ち着きのある声だ。
「どうぞ。」
珍しい光景だった。普段は給仕が休憩用に紅茶を運んでくるのだが、今日は義父自らトレイに乗せて持ってきていた。横には、幼い頃から好きなキャラメルも添えてあって、気遣いを感じたと同時に、恥ずかしさもこみ上げる。あの時のことは忘れられない。
「お前も立派になったな。跡継ぎは心配いらないようだ。誇らしいよ。」
微笑みながら言葉を紡ぎ、期待の眼差しが刺さる。
「これも御義父様が拾ってくださったからです。この恩は忘れません。」
お互い腰掛けながら紅茶を嗜む。公務で強張った身体によく沁みる。
「あの時のことを覚えているか。お前がまだ十にも満たない頃の…」
忘れはしない。ルイのことを傷つけてしまったこと、泣きじゃくって許しを請うたこと。仲直りにキャラメルを一緒に食べたこと。今も鮮明に思い浮かべることができる。
「ええ。忘れはしません。ルイと私の大切な記憶ですから。」
義父は同性愛にも寛容な人だった。血の繋がりよりも、伝統と考え方、知識がしっかり受け継がれていれば良いというイシュガルドでも変わった人だが、立ち上げた事業はめきめきと頭角を現す実力者だった。仕事一筋の人だから、色恋沙汰の出会いには恵まれなかったのだが。
「改めて、お前にルイを紹介して良かったと思っているよ。これからも大切になさい。」
暫く話した後、公務に戻った。のだが。
リラックスしすぎてしまったかもしれない。疲れと眠気が一気に襲いかかってくる。急いで書類をまとめようとするも、ペン先が怪しい動きをする。こくり、と首が傾いては戻るを繰り返す。
いっそこのまま寝てしまおうか。少しぐらいなら大丈夫だろう。
書類を端に寄せて、丁度窓から差し込んでくる日光を浴びながら睡魔に身を任せた。
目覚めた頃には日も暮れていた。
ああやはり。
机に突っ伏して寝ていたはずが、案の定ベッドに移動していて。察しはつく。ルイだろう。
ご丁寧にシーツまでかけてあって、それでも途中で起きなかったのは、それ程深い睡眠だったのか、ルイが丁寧に仕事してくれたか。
ぼやける目を擦りながら、ベッドから降りる。そろそろ夕食が近いし、早めに部屋へ向かっておくとしよう。
半分寝ぼけながら部屋のドアを開けると壁とは違う柔らかい感触が。何かと思えば目の前にルイがいて、衝突したということに数秒経ってから気づいた。彼の引き締まった胸筋に弾き返されながら、驚きで尻尾がぼわっと逆立つ。いつも丁寧に手入れして着こなしている執事服に、しわを増やしてしまっただろうか。
「すまない、前を見ずに歩いていたから─」
「食事が近いから迎えに来たら、見事に息が合ったな。」
軽く笑いながらルイがこちらを見つめる。ぶつかった事実と、深淵に輝くような紫色の瞳に見つめられ、少し照れてしまう。ルイには自分が好いていることをもう随分昔に伝えて認めてもらったというのに、いつまでも慣れない。
「服、しわになってないか。大丈夫か…?」
心配しながら服に手をかけると、彼の手が、頭を撫でてくれる。
「気にするな。後で整える。」
撫でられると嬉しいのはいつになっても変わらない。そして、尻尾と耳が目一杯動くのも変わらない。こればっかりは種族として自然に動いてしまうというか。
そういえば久しくルイの肌に触れていない。ここ数週間公務に集中していたためだが、至近距離で彼と向き合うとどうも意識してしまう。
「なあ…ルイ。夕食の後、部屋に来れないか?久々に二人でその─」
言葉を紡ぐ前に唇を塞がれた。柔らかくて、甘くて、溶けてしまいそうな味わい。どんなに甘いデザートも、これには敵わない。感触を味わいながら、ゆっくりと目を開けば紫色の瞳が艶を増して射抜く。
「良いだろう。久々に、ゼルが可愛らしく乱れる姿を見られるな。」
ぼっ、と顔が一気に赤くなり尻尾が暴れるのを感じながら、反論しようにも言葉が出ない。
そんな私を彼が笑い、私は照れながら小さく反抗する。
「お前なあ……!」
この時間がとても幸せだ。