こういった行為をした後の事を表すためにふさわしい表現はなんだろう。
事後と言い切るには熱量が大きいような気もするし、愛し合ったと表現するのは照れくさい。酸素を取り込もうと忙しなく肺を動かす私と違ってフェルディナント殿は既に普段と変わらぬ呼吸を取り戻しているところを比較するなら、貪られたと言っても良いのかもしれない。
けれど、直前の口づけの勢いはまさに貪るというものだったが、いざ私を抱いた手つきはとても丁寧で、かなり加減をされていたように思う。それでも体力の無い私はこの体たらくというのが不甲斐ない。
「疲れたかな?」
そう問われたので、咄嗟に私は虚勢を張って首を振る。
最中の名残で赤い顔に汗を滲ませたフェルディナント殿が、可愛かったよと囁きながらその唇で私を覆わんとするので、咄嗟に彼の口元を手で塞いだ。
「どうしたのだ?」
「……息がまたできなくなるので」
まだ呼吸も荒いのに、口を塞がれたら失神してしまいかねない。その危惧から先手を打ったのだが、フェルディナント殿は気分を害するどころか破顔した。
「君はまだ慣れていないのだから仕方が無い」
裸のたくましい腕は口をふさいだ私の軟弱な手をやんわりと払って、両手を私の顔の隣に置いて覆い被さる形となる。
「私が口づけの息の仕方を教えてあげよう」
「この体勢は……また、するのですか?」
私達は同時にとんでもないことを言って、「えっ」と叫んだ。彼は私の発言に、私は恥知らずな自分の言動に目を見開いた。
とても顔をまともに合わせていられず体を横向きにして寝返ろうとするのを、同じく赤い顔をしたフェルディナント殿が更に体を近づけて防ぐ。
「嬉しい提案だが! 君の体のことを考えたらまずは口づけの楽な仕方に慣れるべきだと思うのだが、いかがだろうか!」
「は、はい……」
あちらも恥ずかしかったのだろう。普段より更に大きな声で命令されて唯々諾々と従うと、染み付いた従僕の習性からか、不思議と先程よりも幾分か恥をかいたことを些事と流せる心境になってきた。
「まずはただの口づけからだが……」
ちょん、と口と口とをつけるだけのバードキス。それを次第に繰り返していくと心が温かくなり、甘えたな気分になる。
手持ち無沙汰な手でフェルディナント殿の鎖骨に流れる髪の一房を掴むと、フェルディナントは少し目を見開いて、慈しむように目を細めた。
「ここまでは大丈夫そうだな」
「ええ……」
こうした口づけは日常的に行われているため、口が離れた瞬間に息継ぎをするというコツを掴んでいる。
「では、次は鼻で息をするようにしてみようか」
「鼻……?」
言われてみれば当然のことだ。口が使えなくとも鼻がある。
フェルディナント殿は私の唇と自らの唇をピタリと合わせ、ぬる、と舌を差し込んだ。
「ん……」
まだ平気だ。
それから暫くそのままの状態にされたので、私は顎を引いて息継ぎをする。
……ああ、違う。今は鼻で息をしなければならないのに、どうしてか口と口とで愛し合う最中はそこに夢中で忘れてしまう。
呼吸のために口が離れた途端、咎めるためにか、はたまた引き止めるためにか、強く舌を挿し込まれた。
「ンッ」
舌を絡め取られる。
臆して奥に行きがちな私の舌先を器用に下であやすと、そのまま上顎を舐められて、口内の中で彼の舌が味わっていない箇所などないくらいにねちねちとしゃぶられてしまう。
「むっ、……ふ」
無論、唇に隙間などない。
彼の指がトントンと私の鼻を叩いている。
私は頭を左右に揺らした。
「んん、んー、ンッ!」
無理だ。
快感と息苦しさに眼の前がチカチカとする。耐えきれず、掴んだままの髪の毛を強く引っ張った。
唇が離れた途端、目を閉じてプハッと息継ぎをして、私はまた荒い呼吸に戻った。
「大丈夫か?」
本音を言えば大丈夫とは言い難い。
「……もっと」
そう言うとすかさず食らいつく彼の唇の勢いは、やはり貪られるというのが適している気がする。
それでも、これには慣れなければ。
だって、抱くときの彼の手付きはあれほど壊れ物を抱くかのような丁寧さだったのだから。
私は鼻で息を吸い、絡めとられた舌を懸命に動かした。
――口づけくらい、彼の全力に応えられるようになりたい。