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    百合菜

    遙かやアンジェで字書きをしています。
    ときどきスタマイ。
    キャラクター紹介ひとりめのキャラにはまりがち。

    こちらでは、完成した話のほか、書きかけの話、連載途中の話、供養の話、進捗なども掲載しております。
    少しでもお楽しみいただけると幸いです。

    ※カップリング・話ごとにタグをつけていますので、よろしければご利用ください

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    百合菜

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    遙か2・頼花
    「たとえこの手が穢れていても(前編)」

    #頼花
    onesDependents
    #遙か2
    faraway2
    #遙かなる時空の中で2
    harukanaruTokiNoNakade2
    ##頼花
    ##遙か2

    プロローグ

    「それ、花梨からの文か?」
    「ええ、河内で元気にしているようですわ、兄上」

    千歳の住む屋敷に勝真が訪れたのは秋も深まったある日のこと。
    貴族の女性らしく、めったに表情を崩さない千歳であるが、その日はほんのわずかではあるが口角が上がっているのが見てとれた。
    そして、手にしていたのは文であることから、差出人が花梨であると気づいたようである。

    「あいつら、いろいろあったけど、元気にやっているみたいだな」
    「そうですね」

    千歳の言葉を聞きながら勝真は簾のかかった室内から空を仰ぐ。
    空の色をはっきりと認識することはできないが、おそらく彼女の笑顔を思い出させる澄みきった青空が河内まで広がっているであろう。

    「もう二度と会うことは叶わないでしょうけど…… でも、会いたいわ、花梨」

    聞こえるか聞こえないか。そんな千歳の呟き。
    返事を待っているわけではないだろうが、勝真もつい答えてしまう。

    「そうだな、俺ももう一度会いたいぜ。あいつらに」

    そして、思い出す。
    花梨たちと京を守るために奮闘した日々と、そしてそのあとの花梨と頼忠を取り囲むちょっとした事件のことを。

    ーーーーーー
    1.呼び名は相変わらず

    「お前ら、相変わらずその呼び方なんだな」

    勝真に指摘され、花梨ははっと気がつく。
    頼忠と出会ってもうじき一年となる。
    紫姫の館では頼忠の来訪は自然なものとして受け入れられ、また頼忠が休みの日にこうして一緒に外を歩くのもいつしか習慣となっていた。
    今日は頼忠と市をまわっているのだが、その途中、見回りをしている勝真にばったり出くわした。

    「勝真、それはどういうことだ」

    頼忠は少しだけ険しい顔で勝真の方を向くが、花梨は勝真の言わんとしていることがわかったような気がする。
    確かに出会ったときに比べると頼忠の表情は随分柔らかくなった。
    そして、自分も頼忠に近い距離で接することができるように思う。
    だけど、頼忠が自分への呼称は「花梨殿」のまま。
    確かに神子の役目を終えたときに「神子殿」と呼ぶことはやめたものの、かしこまっていることは否めない。
    すると、花梨の心の声を勝真が代弁してくれる。

    「俺ですら花梨と呼んでいる。頼忠、お前こそ花梨と呼んでもいいんじゃないのか?」

    頼忠は少し虚空を見つめる。
    そして、そうかもな。とそれだけを呟いた。
    すると、頼忠はすーっと息を吸う。まるで何か決意を込めて。
    そして、花梨の瞳を真っ直ぐ見つめ、その綺麗に形作られた唇を開いた。
    しかし。

    「花梨……どの」

    途中まではよかったものの、やはり自分ではしっくり来ないのだろうか。
    敬称をあとからつけ足す。

    「やはりうまくいきませんね」

    左手で前髪をかきあげながらはにかんで頬を赤く染める姿は年下の自分が見てもかわいいと思ってしまう。
    だからこそ、無理をしないでほしいとも思ってしまう。
    きっとこれはある程度の時間が必要なこと。
    もっともっと心の距離が近くならないとできないこと。
    隣にいる勝真も一瞬唖然とし、そのあとに腹を抱えて爆笑する。

    「そうだよな。頼忠、無理なことを言って悪かった」

    そう言いながら、三人で歩を進める。まるで何事もなかったかのように。
    すると、頼忠がポツリと話す。

    「でも、いずれあなたと家族になったときには、敬称を抜きにしてあなたの名前を呼ばせていただければ」
    「それって……」

    唐突に頼忠からこぼれてきた「家族」という言葉。
    愛する者から出てくるとなれば、期待せずにはいられない。
    頬が火照るのを感じるのは決して外気のせいではないだろう。

    頼忠の言葉が実現する日が来るかははっきりとわからない。
    彼自身にその意志があっても、彼の武士団での立場や、自分がかつて龍神の神子であったことが自分たちを分かつ日が来るかもしれない。
    そんな不安はどこかにある。
    だけど。

    「なるほどな。正式なことが決まったら連絡しろよ。祝いの品くらい贈ってやるから」

    隣から聞こえる勝真の言葉。
    愛しき人のかつての対であり、親友ともいうべき存在。
    そして、自分自身も兄のように頼もしく思っている存在。
    そんな彼が自分たちの関係を応援してくれている。
    それだけで今はありがたい。
    そう思いながら三人で市を回り始めた。

    ーーーーーー

    2.突然訪れる婚姻話

    「ええ、私が幸鷹さんのところに!?」

    簾越しでも柔らかな日差しが伝わってくる秋の始まり。
    紫姫から「大切な話がありますの」と言われた花梨は、告げられた内容に思わず目を丸くしてしまう。
    幸鷹―花梨を守り、そしてともに京を救った八葉のうちのひとり。
    その幸鷹と花梨の間の婚姻話が進んでいるというのである。
    彼の実直さは立場が異なるものからも高く評価されており、また家柄も京の中では一・二を争う高位のもの。
    縁談としては悪くないどころか、これ以上の相手はいないと思われる相手。
    実際、

    「神子さま、大変おめでたい話ですわね」

    話を告げてきた紫姫はニコニコとしている。

    「神子さま、きっとお幸せになれますわ」

    紫としては幸鷹の家柄や人柄だけではなく、彼が自分の親戚筋にあたることも嬉しさに拍車を掛けているのであろう。
    しかし、そんな紫姫とは対照的に花梨の表情は冴えない。
    理由はわかっている。
    京を救っていく過程で恋仲になった相手―頼忠の存在が先ほどから頭をよぎって離れないのだ。

    自分は最初、帝に近いものと行動をともにしていたため、院の武士団に所属する頼忠との距離が近づくまで多少時間を要した。
    そのため、自分と頼忠との間の関係の変化を悟ったものがどれくらいいたかは定かではない。
    ただ、少なくとも今は恋仲であるし、そのことは紫姫も知っているはずである。
    でも、家柄の高いものとの婚姻を前にすると、個人の恋情など些細なものなのであろう。いくら龍神の神子と呼ばれ、京を救おうと今となっては、京の生まれでもないただの庶民。
    頼忠にしても、将来は武士団の棟梁になるのことを期待はされているが、やはり京の生まれでなければ貴族でないことは否めない。
    そうなると、やはり花梨の気持ちは無視され、幸鷹との婚姻を強引に進められるのだろう。
    はあっと溜め息をついたそのとき、わずかであるが簾が揺れるのを感じた。

    「誰かいるのですか?」

    自ら簾の向こう側にいくのは姫にあるまじき行為。そうはわかっていたが、好奇心には勝てない。
    そして、そこにいたのは……

    「頼忠さん!」

    先ほどから頭に存在が浮かんでは離れない男性の姿。
    相変わらず見上げるほどの長身。そして、屋敷の中のため隠してはいるが、それとなく発せられる殺意。
    滅多に感情を表に出さない男だが、面白く感じていないことを告げていた。

    「紫姫が花梨殿にお話をはじめた頃から」

    つまり最初から聞いていたということか。
    おそらく紫姫に花梨のお目通りをしようとしたところ、紫姫が話し始めたのでそれどころでなくなったのだろう。

    「あの……」

    花梨はそれ以上何も話すことができなかった。
    代わりに瞳で訴える。自分の気持ちが誰にあるのかを。
    すると、そこに緊張感を含んだ聞き覚えのある声が響く。

    「失礼いたします」

    現れたのは先ほど噂になっていた幸鷹。
    頼忠を一瞥すると、花梨の方に真っ直ぐやって来る。
    しかし、花梨は思わず身構え、そして後退りしてしまう。

    「私へのその態度から察するに、あなたも話を聞いたのですね」
    「ええ」

    何の話かはあえて聞かない。
    だけど、先ほどの紫姫との会話と幸鷹の鋭い瞳がすべてを物語っていた。
    確かに八葉としては世話になった。そして、その仕事ぶりや頭脳明晰さは素直にすごいと思う。
    しかし、花梨が生涯をともに過ごしたいのは目の前のこの男性ではない。
    花梨が京に降り立ったそのときからずっと自分を心配し、傍で守ってきた人。そして、今も近くで見守ってくれている―頼忠。
    そして、ふたりのことは幸鷹も周知の事実のはず。

    幸鷹の瞳は花梨と頼忠、それぞれに移す。そして、小さくため息を吐く。

    「私は本人たちの意志を無視した婚姻は望みません」

    幸鷹の言葉を聞いて花梨は安堵する。
    とりあえず結婚を無理やりさせられることはないと思ったから。
    だが、次の瞬間、幸鷹は思わぬ言葉を発した。

    「父も母も私が神子殿と婚姻を結ぶのを願っております。
    そして、確かに私自身も神子殿に興味がないといえば嘘になる」

    そして、藤原家は京で最も権力のある一族。その気にさえなれば花梨を自分のところに嫁がせるのは容易いことだという。

    「神子殿、私はいくらでも待ちます。あなたが自ら私の元に来たいと言う日が来るのをね」

    それは明らかな宣言。
    花梨に恋情を抱くのは頼忠のほかにいるという。
    そして、家の権力だけではなく、自分へ気持ちを振り向かせた上で花梨を藤原家に嫁入りさせる自信はあるという。

    「それでは」

    それだけを残し幸鷹は去っていく。
    同時に秋の訪れを告げる風が入ってけるが、それがなぜか冷たく感じた。

    ーーーーーー

    3.知らされる彼の事情

    「お前って大変だな」
    「そうだね。でも、幸鷹さんは待ってくれると話していたから、たぶん幸鷹さんとの婚姻はたぶんないよ」

    たまたま近くにやってきたという勝真が紫姫の屋敷を訪れたのは先ほどのこと。
    花梨と幸鷹との―藤原家とのというべきだろうか、婚姻が進められそうになっているという噂は勝真の耳にも届いたらしい。

    「龍神の神子と言ったって、もう何の力もないのにね」

    ははは、と笑う花梨に対し、勝真は眉間に皺を寄せた顔をする。
    軽く流してはいけない勝真の気配に花梨は驚く。

    「そう思っているのはお前だけだろ。お前そのものに神子の力はなくても、『龍神の神子』の肩書きを欲しがる貴族たちは多いぜ。イヤになるほどにな」

    勝真は顔をうつむき気味にしているので表情ははっきりとは見えない。
    だけど、面白くなさそうにしているのはありありと伝わってくる。

    「千歳もそうなの?」

    花梨が出したのは自分の対とも言うべき存在。

    「まあな。あいつは黒龍の神子だけどな」

    否定をしてこないということは、千歳はそれなりに婚姻の話が持ちかけられているのだろう。
    位の高い貴族と縁を持てる可能性を考えて喜ぶ勝真の両親と、それを不愉快に見つめる勝真の様子が目に浮かんできてしまう。
    それを考えると、自分は元々京の人間ではないこともあってか、そのような話を持ちかけてきたのは幸鷹だけだった。
    幸いといい切れるかは疑問だけど、それでも応えられない想いを数多く寄せられるよりはマシだ。
    そして、幸鷹も多少強引な部分があるとはいえ、必要以上に事を進めることはない。おそらく頼忠への真摯な想いを告げば引くはず。花梨の中にその確信が生まれていた。
    すると、勝真はあたりを見渡し、誰もいないことを確認すると花梨にそっと話しかけた。

    「幸鷹のいる藤原氏もだけど、源氏の武士にも気をつけろ」

    源氏の武士……頼忠が所属しているところ。
    そこに気をつける。それも頼忠がいるにも関わらず。
    花梨は気をつけなければいけないほどの事態が発生しようとしているのを感じる。
    勝真は何を知っているのだろう。そして、花梨に本当に警告したいことは何なのだろう。
    そして、どうしてそれをストレートに口に出すことはしないのだろう。
    勝真は花梨が心の中で浮かべた疑問に答えることなく花梨に尋ねてくる。

    「頼忠のヤツ、いま、河内に戻っているんだろ?」

    そう聞かれて花梨は頷く。
    数日前、屋敷を訪れ、しばしの別れの挨拶をした。
    そのときに交わした梅花の匂いはそろそろ薄れそうで寂しい。

    「あいつの立場はお前の想像以上に危険なもんだぜ、花梨。何せ次期棟梁って噂だしな」

    頼忠が次期棟梁になるかもしれない。
    思いもしない展開に花梨は目を見開く。
    頼忠が源氏の武士の中では一目置かれているのは感じていた。
    しかし、かつて頼忠の背中に大きな傷を負わせた立場の人間に彼自身が就くのが意外だった。
    そして、同時に思う。
    だからこそ、棟梁は頼忠に厳しさと優しさで接したのかもしれない、と。
    頼忠がいずれ武士団を率いることを想定し、そのときにふさわしい行動が取れるように指導したのかもしれない。

    一方で花梨は思う。
    頼忠がそれだけの組織を率いるということは、いつ危険にさらされるかわからないということ。
    そして、自分がそんな頼忠と恋仲であるというのは必ずしも歓迎されるとは限らない。それは察することができた。

    だけど、今だけはそんなことを忘れて頼忠の帰りを待ちたい。
    花梨は袖を口に当て匂いを嗅ぐ。
    かなり薄れてきているものの、梅花の香がほんのわずかに漂っている。
    今はその香りが彼と自分をつなぐ絆のように思えた。

    ーーーーーー

    4.その頃の彼の心境は

    秋の風はあの方と出会った日のことを思い出させる。

    頼忠は馬に乗り、故郷の河内から京へ戻るところであった。
    馬上で棟梁に言われたことを思い出す。

    「そろそろ河内へ戻ってもらおう」

    武士団の直系の長男として生まれた以上、いずれ一族を率いる立場になることは理解していた。
    だからこそ、棟梁である父親が自分に「主を見つけろ」という言葉を掛け、情勢を探らせるため京に赴かせた。
    もっとも頼忠自身は過去に起こした出来事によって自分にその資格はないと思っていたが。
    しかし、河内へ戻るということは、自分が棟梁として武士団を率いる日も近いことを意味する。
    武士団に所属するものとして棟梁の命は絶対。
    故郷の河内へ戻ることは決められたことであり、逆らうことは死あるのみ。

    「ふぅ……」

    ため息の理由はわかっている。
    棟梁から命じられたのは、龍神の神子である花梨も河内へ連れていくこと。
    龍神の加護を得た少女を保護することで、一族の勢力をより一層高めようとする魂胆だろう。
    そのために、棟梁が狙っているのは頼忠が花梨の心を奪い、正当な形で河内へ来させること。
    現在は神子ではないとはいえ、その立場を利用したいと思う者は多い。彼女が他の家のものになる前に頼忠のものにしろ。それが棟梁の狙い。
    しかし、頼忠の脳裏に浮かぶのは数日前、京を旅立つときに花梨が向けてきた笑顔。

    『頼忠さん』

    まるで小春日和を思わせる笑顔を向けてきた花梨。
    そして、武士団の企てなど思いもしない純粋な彼女。
    自分が彼女の心をかき乱したのではない。心を奪われたのは自分。決して利用などさせはしない。
    だけど。だからこそ。
    これからも一番近くで彼女を見守ろうと思う。
    そして、誰からも何からも守ることを誓う。
    そのために、自分が投げ掛ける言葉はただひとつ。

    「私と人生をともにしていただけませんか?」

    その言葉を放ったあとに向けられる笑みは容易に想像がつく。そして、自分はそれを心苦しく思うことも。
    でも。

    ―たとえ真実を話せなくても、私はあなたを守ります。

    決意を新たにしながら、頼忠は京へと馬を進めた。

    ーーーーーー

    5.早く目覚めた朝は

    くしゅん。
    花梨は自分のくしゃみで目が覚めてしまった。
    暑さで寝つけない日は過ぎ去り、最近は心地よい眠りの時間を過ごしていたが、それももうじき終わるのだろう。
    起きて真っ先に感じたのは肌寒さ。
    そして、そんなときにとっさに浮かんだのが愛しい人の姿。

    「頼忠さん」

    思わずその名前を口にする。

    少し前に人生を共に歩んでほしいと伝えられ、思わず頷いてしまった。
    今後どのような儀式を行うのか、どのように生活をするのか、具体的なことは一切確認することなく、その日は別れてしまった。

    そもそもこの世界に来てから一年経ったとはいえ、花梨はまだ17歳。元いた世界だと高校2年生にあたる。法律上、女性は結婚できるとはいえ、ほとんどの人が青春を謳歌し、結婚はまだまだ先と思っているだろうし、花梨も実際、そのうちのひとりだった。
    だけど、あの日の頼忠から向けられた熱い視線、そして花梨が頷いたあと頬を染めて視線をそらしたこと、それらは幻ではないのだろう。そして、そう遠くないうちに頼忠のもとに嫁ぐ。それはほぼ確実に約束された未来であった。

    元いた世界に比べ、朝の始まりが早いとはいえ、まだ頼忠のもとに行くには早い。そんな時間帯。
    だけど、そんなことは関係なく花梨は頼忠に会いたいと思った。
    紫姫を起こすのも悪いため、花梨はそっと屋敷を出る。
    供をつけずに歩くと怒られるかもしれないが、そのときはそのとき。

    花梨はまだ目覚めぬ京の街の中通り抜けながら、頼忠が過ごす院の武士団の屋敷へと歩を進めた。


    「花梨殿! こんな早くに。しかもおひとりでですか!?」

    屋敷を訪れると、門の前に構えている見張りの武士が驚きの声をあげた。
    花梨も何回か見掛けたことがあり、すっかり顔馴染みの存在でもある。
    そのものが驚く様子にむしろ花梨の方がびっくりしてしまうが、武士は冷静さを保とうとしながら花梨に屋敷の中に案内する。

    「神子としての役目を終えたとはいえ、あなたは京によっても、頼忠様にとっても、そして、この源氏の武士団においても大切なお方。このような真似は今後、おやめくださいませ」

    武士の困ったような眼差しを見て、以前、龍神の神子の役目を務めていたときに頼忠が似たようなことを話してきたのを思い出す。
    そう。いまいち実感が湧かないのだが、自分の力や立場を利用しようとしているものは存外多い。
    しかし、自分は本当にその言葉に匹敵するだけの価値があるのか理解しきれていないため、何度も同じような注意を受けてしまう。
    心の中で反省していると、目の前の武士の足が止まった。

    「頼忠殿の寝所はこちらでございます」

    声を潜めながら武士が案内したのは屋敷の奥にある部屋。
    頼忠はひとりで過ごしているのか、他のものは見当たらない。
    そのため、花梨は部屋の片隅で頼忠の目覚めを待つことにした。

    いつもなら人の気配を感じ取り、その眼差しを開くが、今日はそんなことなくすやすやとした寝息を立てていた。
    端麗な顔つきは朝の光が照らされ、神々しくさえ感じる。
    いつも見せる鋭い眼光は瞼に覆われているため、うかがうことができない。しかし、それゆえ、普段の彼からは想像もつかない優しい顔つきとなっている。
    もしかすると滅多に見ることができない表情。
    そんな頼忠の様子を見て、花梨は胸の中がいっぱいになる。まるで、自分しか知らない彼の一面を見たような気がしたから。

    すると、頼忠の形の整った唇から何か音が漏れた。

    「か……りん……ど……」

    聞き間違えでなければ、口にしているのは自分の名前。
    花梨は頬が火照るのを感じる。
    一方で自分の名前を呟くのをもっと近くで聞きたいと思い、顔を頼忠に近づける。
    それは本能に近いところから芽生えた欲求のようなもの。
    すると、次の瞬間、花梨は腕をぐいっと掴まれるのを感じる。
    え……
    驚く間もなく花梨は自分の唇が塞がれていることに気がつく。そして、目の前にあるのは先ほど少し遠くから眺めていた頼忠の顔。
    キスされている。花梨がそう気がつくまでにほんの少しの時間が必要だった。
    唇を重ねたことはないわけではない。
    ただ、場所も、そして状況も悪い。逃れようとしても、鍛え抜かれた頼忠の腕の力は強く、背中を抑え込まれているため、逃れることは叶わない。
    だんだん深くなっていく口づけに息苦しさを感じ始めた頃、至近距離で見えている頼忠の瞳が開いた。

    「花梨殿……!」

    目を見開いた頼忠が驚愕の眼差しで花梨を見つめてくる。
    びっくりしたのは、こっちの方です。本当はそう言いたいけれど、朝早くに訪れたのは自分。文句を言うことはできない。そこで、次の言葉をうかがっていると、意外とも納得とも言うべき言葉が飛び出してきた。

    「申し訳ございません」

    花梨はそっと首を振る。
    自分にも非はあるから。
    そして、花梨の行動に安心したのか、頼忠は珍しく寝ぼけた様子を残した眼差しで花梨を見つめてくる。

    「まるで夢の続きを見ているかのようです。まさか、こんな時間からあなたの顔を見ることができるとは」

    端正な顔で、おそらく自分にしか見せない安心しきった表情でこんなことを言ってくるなんてずるい。
    花梨はそう思う。
    そして、自分の頬に添えられるのは頼忠の右手。常に剣を握っているため、ゴツゴツシテいるが、そんなところがいとおしい。
    顔が近づいているのを感じているうちに、自分が無抵抗になっていくのがわかる。。
    これから起こることがなんであるかわからないわけではない。
    だけど、頼忠なら大丈夫。そんな信頼感が花梨の中に根付いていた。
    先ほどまで頼忠が身体を休めていた場所に今度は自分が身体をうずめる。
    自分を覆う頼忠の体躯に手をまわしながら、花梨は彼に身を任せることにした。

    (後編に続く)
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    Replies from the creator

    百合菜

    DOODLE地蔵の姿での任務を終えたほたるを待っていたのは、あきれ果てて自分を見つめる光秀の姿であった。
    しかし、それには意外な理由があり!?

    お糸さんや蘭丸も登場しつつ、ほたるちゃんが安土の危険から守るために奮闘するお話です。

    ※イベント直前に体調を崩したため、加筆修正の時間が取れず一部説明が欠ける箇所がございます。
    申し訳ございませんが脳内補完をお願いします🙏
    1.

    「まったく君って言う人は……」

    任務に出ていた私を待っていたのはあきれ果てた瞳で私を見つめる光秀さまの姿。
    私が手にしているのは抱えきれないほどの花に、饅頭や団子などの甘味に酒、さらにはよだれかけや頭巾の数々。

    「地蔵の姿になって山道で立つように、と命じたのは確かに私だけど、だからってここまでお供え物を持って帰るとは思わないじゃない」

    光秀さまのおっしゃることは一理ある。
    私が命じられたのは京から安土へとつながる山道を通るものの中で不審な人物がいないか見張ること。
    最近、安土では奇行に走る男女が増えてきている。
    見たものの話によれば何かを求めているようだが、言語が明瞭ではないため求めているものが何であるかわからず、また原因も特定できないとのことだった。
    6326

    百合菜

    MAIKING遙か4・風千
    「雲居の空」第3章

    風早ED後の話。
    豊葦原で平和に暮らす千尋と風早。
    姉の一ノ姫の婚姻が近づいており、自分も似たような幸せを求めるが、二ノ姫である以上、それは難しくて……

    アシュヴィンとの顔合わせも終わり、ふたりは中つ国へ帰ることに。
    道中、ふたりは寄り道をして蛍の光を鑑賞する。
    すると、風早が衝撃的な言葉を口にする……。
    「雲居の空」第3章~蛍3.

    「蛍…… 綺麗だね」

    常世の国から帰るころには夏の夜とはいえ、すっかり暗くなっていた。帰り道はずっと言葉を交わさないでいたが、宮殿が近づいたころ、あえて千尋は風早とふたりっきりになることにした。さすがにここまで来れば安全だろう、そう思って。

    短い命を輝かせるかのように光を放つ蛍が自分たちの周りを飛び交っている。明かりが灯ったり消えたりするのを見ながら、千尋はアシュヴィンとの会話を風早に話した。

    「そんなことを言ったのですか、アシュヴィンは」

    半分は穏やかな瞳で受け止めているが、半分は苦笑しているようだ。
    苦笑いの理由がわからず、千尋は風早の顔を見つめる。

    「『昔』、あなたが嫁いだとき、全然相手にしてもらえず、あなたはアシュヴィンに文句を言ったのですけどね」
    1381

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    百合菜

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    千歳の住む屋敷に勝真が訪れたのは秋も深まったある日のこと。
    貴族の女性らしく、めったに表情を崩さない千歳であるが、その日はほんのわずかではあるが口角が上がっているのが見てとれた。
    そして、手にしていたのは文であることから、差出人が花梨であると気づいたようである。

    「あいつら、いろいろあったけど、元気にやっているみたいだな」
    「そうですね」

    千歳の言葉を聞きながら勝真は簾のかかった室内から空を仰ぐ。
    空の色をはっきりと認識することはできないが、おそらく彼女の笑顔を思い出させる澄みきった青空が河内まで広がっているであろう。

    「もう二度と会うことは叶わないでしょうけど…… でも、会いたいわ、花梨」

    聞こえるか聞こえないか。そんな千歳の呟き。
    返事を待っているわけではないだろうが、勝真もつい答えてしまう。

    「そうだな、俺ももう一度会いたいぜ。あいつらに」

    そして、思い出す。
    花梨たちと京を守るために奮闘した日々と、そしてそのあとの花梨と頼忠を取り囲むちょっとした事件のことを。

    ーーーーーー 8597

    百合菜

    PAST遙か2・頼花
    「たとえこの手が穢れていても(後編)
    6.この手は血で穢れている~前編

    「頼忠さん、市に行きたいので、お供をお願いできますか」

    一通りの愛を交わしたあと、花梨が頼忠にそうお願いしたのは、先ほどのこと。
    頼忠はあっという間に身支度を整え、そして花梨に従い屋敷を出る。
    これだけ見ているとどちらがこの家に住むものなのかわからない

    「今日は、どちらにうかがいましょうか」

    和気あいあいというには、ちょっとかしこまっているのかもしれない。
    だけど、出会ったときよりは確実に縮まっているふたり。
    少し遠くから見れば、従者とともに出歩いている姿だが、近くで見れば逢瀬にしか見えない。そんな独特の空気を持つふたり。
    しかし、そんな仲睦まじいふたりの様子を氷のように研ぎ澄ました瞳で見つめるものがいた。微笑ましい、そんな空気を一蹴するかのような冷たい眼差しで。


    「花梨殿、私から離れないでいただけますか?」

    頼忠が花梨にそう話しかけてきたのは、必要なものはほぼ揃い、そろそろ帰ろうとしたときだった。

    「はい。でも、どうしたのですか? 急に」

    頼忠はそのことには答えない。
    もしかすると、自分が口を開くことで邪魔になるかもしれないので、花 6803

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