祈りウェドと久遠の誓いを結ぶ―
十二刻印の指輪が出来上がった事でテッドはそれを改めて噛み締めていた。
ベッドに腰掛け、ひらひらと左手を動かしては薬指に嵌めた華奢な指輪を眺めてしまう。
以前ウェドが贈ってくれた故郷の石を割って作った指輪…そしてそれを作り直した指輪も勿論掛け替えの無い想いのこもった大切な指輪だ。
そして新たに左薬指に光る十二刻印の指輪もまた、ただの指輪では無い。先日テッドはウェドに連れられてとある彫金師を訪ね、指輪に名入れ細工をオーダーしたのだ。
その彫金師はテッドも世話になった事がありウェドとも古い面識のあるジグラットというアウラ族の男だった。
実の所彼はウルダハの貴族がこぞってオーダーをするような一流の彫金師ではない。装飾品の細工も修行中の身だ。だがウェドら二人にとってこれ以上ない信頼のおける唯一の職人だった。
ジグラットはきっちりとオーダーをこなしただけでなく、「餞別だ」と互いの瞳の色である宝石の細工を施し、彼らが互いに支え合っていけるよう祝福を指輪に込めれてくれたのだった。
今、自分の体で何処が好きか聞かれたらテッドは真っ先に薬指と答えるだろう。
居てもたってもいられない高揚感にシーツに顔を埋めベッドの上を転がった。
「テッド どうした?」
愛しい声に優しく呼び掛けられテッドは顔を上げる。
「ふふ、まるで花嫁さんのヴェールじゃないか」
シーツを頭から被りくしゃくしゃになった髪が跳ねている姿はお世辞にもそんな素敵なものでは無かったが、テッドと同じように高揚感に満ちたウェドの瞳にはそう映ったらしい。
「へへ…ヴェール、俺がしても変じゃないかな?」
「まさか!絶対似合うよ」
ウェドはテッドの跳ねた髪を撫で額に軽く口付けをする。こんなに幸せでいいんだろうか。砂糖を煮詰めた飴細工のように甘く煌めく幸せに頬が緩む。
並んでベッドに腰掛け直し指を絡め合う。
「明日から聖地巡礼の旅だね この指輪に、十二神の祝福を貰う旅…」
「ああ アンカーヤードのリムレーンの秘石から始めよう」
「うん、俺、あの場所大好きだよ」
リムサ・ロミンサにあるアンカーヤードは船乗りがリムレーンに航海の無事を祈る場所でもあり、大きな海鳥の石像が秘石になっている。その石像には
"Borne or high by wing divine, in the halls of the Twelve be heard
この翼に乗り十二神の祝福を得ればより高く飛べるだろう"
と掘られている。まさか自身が巡る事になるとは思いもしなかったが、二人の旅路の出発点はここしかない。
「明日は早い もう寝た方がいいな」
「うん!長い旅だけど、ウェドと一緒だから俺楽しみだよ」
「俺もさ 君となら銀涙湖の底にだって行ける気がするよ」
「それ、俺が行けないよ!泳げないもん」
「そうだった じゃあ潜水艦でも作ろうか」
くすくすと心地よい笑い声が部屋に響いた。
***
翌朝
真っ青によく晴れた寒空、海風に乗りゆったりと漂うカモメの姿が白く眩しい。この場所―アンカーヤードに立つと多くの情景が思い返される。
テッドは瞼を閉じ、浮かぶ情景をひとつひとつ丁寧に胸へとしまっていく。脳裏がまっさらになった所で瞼を開くとそこにはこちらに手を差し出す大切な人の姿があった。
ここから新しい景色をまた紡いでいくんだ。ウェドと一緒に。
骨ばっているけどどこかしなやかな大きな手を取り、並んで海鳥の石像の前に跪く。
十二神に祈りを…なんて言っても、テッドは姿の見えない神に祈れるような道程を歩んでは来なかった。頼っていいのは自分のみ。
とはいえ、幼い頃はウルダハの神々に祈っていたし、神を信じていない訳でもない。
ただ、死者へ祈るのとは別に、神に祈るという事がどうにも久しく、神様に何を伝えたらいいのか…テッドは戸惑い少し思案した。
(これからもウェドとずっと一緒にいられるように俺たちを助けてください!)
絞り出した少し幼く真っ直ぐな言葉を胸の中で唱える。
するとリムレーンのシンボルが刻まれた秘石は暖かく淡い光を放ち、2人の薬指に嵌められた指輪へ光の軌跡を残して消えた。
「今の…!」
「無事に俺たちの祈りが届いたようだね」
驚いているテッドにウェドはにこりと微笑む。
ちゃんと祈りは届くんだ―
テッドは今まできちんと神に祈りを捧げてこなかった事を悔やみ、ぺこりと秘石に頭を下げた。
漠然とテッドの中にあった緊張や不安が一気に晴れる。
「他の神様にもはやく会いに行こう!」
青空を飛ぶ白い翼が二つ、並んで高く舞い上がった。