コストコ「菅原さん、今日は余計なもの買わないでください」
そう釘を刺すと、菅原さんは聞いてるのか聞いてないのかわからない返事をし、隣の田中さんは「何言ってんだよお前」と振り返って笑った。
田中さんは知らないからそんなに呑気に笑っていられるのだ、と思う。菅原さんはIKEAが好きだがコストコはもっと好きだ。
年間約5,000円もの会費に最初は渋っていた菅原さんだが、友人についていくたびに憧れが募っていく一方だった。その結果ずっと一人暮らしだったくせして「どう思う?なあどう思う?」と聞きまくり、俺から「いいんじゃないですか」という言葉を引き出した瞬間、会員になった。
ここで購入する大容量の食材をどうしているのかと思って聞くと、澤村さんと分けたり、近所の人と分けたりしているということだった。
真新しいものに目がなく、新商品を試したがる。購入にまでは至らないものの、店内中央に季節ものの大型商品、例えば夏は大人が5人ほど遊べそうな馬鹿でかいビニールプール、冬はサンタや雪だるまのイルミネーションなど展示されているのだが、絶対にその前で一度駄々を捏ねる。菅原さんだって本当に欲しいわけじゃないんだろうが、普段行く店で見ないものがあるとひとまず「買う?」と指をさしてくる。
なかでも屋外用のインテリアは菅原さんの中のセレブ心(?)をくすぐるらしい。屋根付きのテラスや卵型の揺り籠みたいなソファを見かけるたびに値段とサイズをチェックしている。どちらも海外の広い家を想定して作られたインテリアで、50平米もない日本の家に配置すればたちまち部屋が埋まる。
「庭付きの戸建てじゃないと無理ありますよ」と田中さんも苦笑する。
「今の家が狭いから広くなるって感じるだけで、次の家だって言うほど広くないですよ」
俺が重ねて嗜めると、田中さんは振り返って「引っ越しいつだっけ?」と尋ねた。サイズをチェックするのに夢中な菅原さんに代わり、「1月末です」と答える。ようやく諦めがついた菅原さんはすぐ隣に展示されていた滑り台とブランコ付きの小さなログハウスを指差し「ちびちゃんのクリスマスプレゼントにしようかな」と言い出した。これには田中さんも俺の忠告の意味を理解し、真顔で俺の顔を見てから「うちもマンションなんで、勘弁してください」と丁寧に頭を下げるのだった。
清水先輩が待ってるんじゃないですか、と声をかけるとようやく菅原さんは動き出す。
「もう清水じゃないけどな。田中のせいで」
そんなことを言う。田中さんは会うたびに言われているのか、慣れた様子でかわしていた。
食品売り場に入ると、先程まで空だったカードがあっという間に埋まっていく。
刺身用のデカいサーモン、一羽丸々のチキン、ハイローラーというサラダを巻いたトルティーヤのサンドイッチ。
「サラダどうする?」と調理した海老をカートに乗せながら菅原さんが聞くと、「作るって言ってたんで大丈夫っすよ」と田中さんが答える。
「ケーキは?コストコのケーキデカくてテンションあがるぞ」
半年くらい前、菅原さんは箱一杯に詰められたティラミスを衝動買いしたのだが、喜んで食べていたのは最初の数口だけで、あとは毎日ノルマ的にティラミスを食べ続けながら「これはティラミスじゃない、珈琲ケーキ」と言ってもしょうがない批判を述べた。結局近所に住む友人たる人々に配って事なきを得たのだが、あの経験をもう忘れたのだろうか。
田中さんは「ケーキは近所のやつ予約してますから」と首を振り、菅原さんは「そう?まあコストコのケーキ甘いだけで味しないもんな」と頷いて見せた。田中さんは菅原さんの顔を二度見していた。
頼まれたものを買い、レジに向かう。途中、既視感を覚えた。
菅原さんが少し駆け足で先に向かい、立ち止まったのは大きな段ボールの前だった。その中から特大のクマたちが、今にも脱走しようとばかりに飛び出している。
「へぇ、こんなでけぇテディベアあるんすねー!」
これから起こる事態を想定できない田中さんは、相変わらず呑気に感心している。
「田中んとこのちびちゃんが喜びそうだよな」
「え」
「クリスマスプレゼントにするか」
「ちょっ、……ダメですってスガさん、俺叱られるんで」
「え、清水って田中のこと怒ったりするんだ」
「物を勝手に買い与えるのはあんまりいい顔しないんすよ……」
「へ〜意外」と菅原さんがクマから視線を外した瞬間、田中さんは明らかにほっとした様子を見せた。甘い。
菅原さんは素早く自分の体上半身はあるサイズのクマを背負い、「田中が清水に怒られてるところ見てえ」と言ってレジへ向かいだした。
「影山!!!何とかしてくれ!!!!」
田中さんの家に向かう車の中で、田中さんはぐったりとしていた。
「子どもと買い物行くときより大変だった……」
「田中さんと会うの嬉しかったんじゃないですか。いつもの倍ははしゃいでますよ」
田中さんの嘆きにそう返すと、一瞬田中さんは優しく目を細め、口をほころばせた。
そして次の瞬間「2分の1でも相当大変だろうな」とどこか遠い目をしていた。
終わり