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    koshikundaisuki

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    書けた!間に合った…すげえ…やればできるじゃん…

    #影菅
    kagesuga

    菅原生誕祭2022油性ペンで大きく“T”と書かれた段ボールからマトリョーシカが姿を見せたとき、「マジで?」と声に出してしまったのは、『影山飛雄』と『ロシアの民芸品』が結びつかないから、という理由だけではなかった。
     
     
     そのマトリョーシカはたびたび影山のSNSに登場していた。
     家でつくったというポークカレー。ファンからもらった手紙やプレゼント。チームの新しいグッズ。イベントに出演した際にもらった花束。スポンサーである飲料メーカーによるスポーツドリンク。部屋の窓から見える空。キャンペーン用につくられたサイン入りのカレースプーン(の試供品)。大量に作って冷凍しておいたというポークカレーのタッパー。
     そんな日常生活の一部に、マトリョーシカは写り込んでいた。ファンの間では有名で、はじめこそ影山飛雄はマトリョーシカが好きなのではないかとわざわざプレゼントする人も多かったという。しかしプレゼントしたマトリョーシカがSNSに登場することはなかった。載せられるのは、いつも同じ柄、同じ顔のマトリョーシカ。画像を見る限りいつも同じ場所に配置されているので、意図的に写しているというよりはたまたま背景として写り込んでいるらしかった。
     さらにファンとの交流イベントで「影山選手はマトリョーシカが好きなんですか?」と十代の少女から質問された際、影山は「なんでそんなことを聞くんだろう」と言わんばかりの怪訝な面持ちで「いいえ、とくには」と答えた。
    その情報が広まると、今度は「同棲している彼女の趣味じゃないか」という憶測が広まった。
    本人は至って無関心でありながら毎度写り込んでいるのだから、何らかの匂わせではないのか。何なら写真を撮っているのは彼女ではないのか。 「イケメンセッター」として取り上げられ、バレーファンではない層からの人気も厚い男なので、そんな物議を醸したそうだ。そんなことで物議を醸すな、の一言だがこれも影山飛雄人気の賜なのだと思うと凄いし、何ならちょっと怖い。
     影山はファンレターこそきちんと目を通すが、SNSのコメントはあまり見ないらしく、その騒動にはしばらく気が付かなかったのだと言う。かつての同級生兼チームメイトである日向翔陽、月島蛍、山口忠、そして谷地仁花のグループラインでその話題が挙げられ、影山はひとこと「なんだそれ」と返した。もっともなコメントだ。対して、四人は「そうだろうな」とだけ思ったらしい。こちらもまあもっともな反応だった。
    影山は事の半分も理解できないまま、マトリョーシカの写真をアップした。ぱっちりした目にマロ眉の、ちょっとおとぼけな表情が愛らしい人形だった。初めてマトリョーシカがメインで載せられたのだ。ファンは一斉にSNSを見に行った。コメントにはこうあった。
    「これが注目されていると聞きました。これは昔、菅原さんからもらったものです。家に飾ってます #影山飛雄 #菅原さん #今日はカレーです」

    さて、ファンはこれを見て皆一様にこう呟いた。
    「なんだ、菅原さんか」

    その後、「菅原さん」というワードがトレンド入りし、ゴシップと芸能人のブログや番組を基にした記事しか書かないウェブメディアによって、『影山飛雄選手、話題のプレゼントの贈り主は“あの人”』というネットニュースが配信された。

     俺はすべて、自身のスマートフォンを通して見ていただけの人間なのだが、言いたいことならそれはそれはたくさんあった。
     でもひとつに厳選しろと言われたら、「え?あれ俺が買ったやつなの?」にすると思う。


     □

     影山がアドラーズに所属していた頃だから、もう10年以上前のことだ。俺たちは付き合いたてってわけではなかったが、如何せんすぐ遠距離になってしまったから、デートも滅多にできなくて一回一回に力が入っていた。上京した影山に乗じて東京の有名な観光スポットはあらかた回ったと思う。(ちなみに影山はどのスポットにも俺以上に無知であった)

     はじめは東京駅という迷宮で彷徨い歩いていた俺だったが、慣れると品川駅で降りたほうがスムーズであることがわかり、一番空いている車両、階段にぴったり着くドアを割り出すなど、次第に東京に慣れていった。
     ガイドブックに載っている場所にも目新しさがなくなってきたとき、SNSで「蚤の市」のイベント情報を見つけたのだった。偶然にも影山の家から電車で数駅の大規模公園が会場だったし、何より俺が東京に行く日にドンピシャだった。早速影山に持ちかけると「蚤の市って何すか?」と返ってきた。
     俺は「フリマみたいなもん」と答えた。
     フリーマーケットのようなものだと思っていたからだ。今思うと、これは合っていて、合っていない。
    影山は蚤の市が何であれ「YES」と言うつもりだったようで、「いいですよ」と即答した。今まで提案したデートにNOと言われたことはなかったので、無論、俺も提案した時点で行く気満々であった。

     何か欲しいものがあったわけではない。いい感じの食器や家具、古着など、気に入ったものと出会えたら嬉しいな、くらいの気持ちで、新緑が気持ちいい季節だし、ただ歩くだけでも楽しそうだと思ったのだ。
     会場は本当に広い公園なのだが、とにかく人で大賑わいであった。あまりの人手にはぐれないように影山の服を引っ張りながら「東京都民、全員来てる?」とボケると、「菅原さん、それよく言いますよね」と返された。飲食ブースで買ったものを食べ歩きながら、あちこち回って俺はようやく気が付いた。

    「何もかも高ぇ……これ全部ヴィンテージだ……」
    このイベントは、ただ家にあった不要なものを売るフリーマーケットとは違い、いわゆる「骨董市」なのだった。(そもそも「蚤の市」を意味する「flea market」が“フリマ”のもとになっているのだから、俺は何も間違ってないだろうが)
     気になる品に近寄っては値札をひっくり返し、そっと元に戻す俺を影山は黙って見ていた。
    赤毛のアンに出てきそうな趣のあるバスケットに、「30,000」の値札がつけられているのを見た俺は、影山の耳元で「3万あったら何したい?俺すげーいい焼肉屋で飲み食いしたい」と囁く。
     影山は少し首を捻って考えた後、「新しいシューズ買います」と言った。
    「現実的~」
    「欲しいのないんですか?」
    「うーん……おねだんと欲しさが釣り合わないかな……」
     影山が手にしているグルグルのソーセージを一口貰いながら、ただダラダラと歩くことにした。並べてあるものが珍しいのもあって、なかなか楽しい。昔どこかの学校で使われていたのだろうか。色褪せたカラフルな跳び箱や、小さな生徒用の椅子、錆びだらけの身長計とアナログの体重計など、レトロで可愛いものがズラリと並んでいる。
    「何に使うんですかね、これ」
    「オブジェとして使うんじゃねぇのかな。ほら、身長計とかコート掛けになりそうじゃない?」
    身長計の後ろに回り込んで「60,000」のシールを確認すると、スッと影山の隣に戻る。隣で影山がクスンと鼻を鳴らしたので、軽くわき腹を小突いた。
     
    一通り会場を回ったので、そろそろ帰ろうか、と提案した。影山は素直に頷いた。そこで、ただ手ぶらで帰るのもなんだなぁ、と思った。俺の悪い癖だ。ブルーシートの上に色々な雑貨を並べているブースに立つと、目についたものをふたつ(お手頃価格なのを確認して)手に取った。一つは肩がガンダムみたいにごついクマのぬいぐるみ。目がちょっと怖かった。もう一つは木製のマトリョーシカ。それっぽいものは土産物屋で見たことがあるが、本格的なのははじめて見たので「THE!」という感じのマトリョーシカに少し感動していた。

     影山の前に掲げると「どっちがいいと思う?」と尋ねた。突然の無茶ぶりにももう慣れた様子で、影山はふたつのおもちゃを見比べると、「こっちっスかね」と言って指をさした。影山が選んだマトリョーシカを、俺は買って帰ったのだ。
     
     
    買って帰った、と言ったが、“仙台に”ではない。影山の家に置いてきた。元々欲しかったものではないし、それを持って新幹線に乗るのもちょっと面倒だった。
    「これ、俺だと思って大切にして」
     そう言って小さなダイニングテーブルの上に置いた。影山の殺風景な部屋に置くとなんだかいい感じになって、いい買い物したな、と思った。
    影山は「いや自分で持って帰ってくださいよ」と言えばいいのに、「わかりました」と頷いた。可愛い。手招きしてソファに影山を呼ぶと抱きしめて頭を撫でた。影山は気持ちよさそうに目を閉じていた。
     その頃にはわかっていた。影山が話題の東京スポットや蚤の市に興味がないことも、もうすぐイタリアのチームに移籍して、もう簡単には会えなくなってしまうことも。だから引っ越しの際、置いて行かれてしまうとしても、「大切にして」という俺のわがままに頷いてくれただけで嬉しかったのだ。


     
    薄情なもので、俺は帰りの新幹線に乗った時にはもうマトリョーシカのことなど忘れていた。もともと欲しいものではなかったし、俺の手元にあった時間も短かったから。だからSNSに写り込んでいても、まさかあのマトリョーシカだなんて思いもしなかった。というか、俺はある程度騒ぎになるまでマトリョーシカの存在にすら気が付いてなかった。だって、だってわざわざイタリアに持っていくなんて、誰が思うんだよ。それでまた日本に一緒に帰って来るなんて、誰が思うんだよ。

     そういうと、影山は「菅原さんだと思って連れて行った」と応えた。


     
    影山はあの日から、マトリョーシカと一緒に暮らしていたのだ。別に話しかけたりしていたわけではない。ただご飯を食べているとき、歯を磨いているとき、ストレッチをしているとき、眠りにつく前に、ふと小さな人形を見て、「菅原さん元気かな」と思っていたのだという。
     
    「俺が適当に選んだのに。お前も適当に選んだろ?」
    「俺はこいつがちょっと菅原さんに似てるなと思ってたから」
    「は!?どこが?」
    「眉毛の辺りとか、なんかぽやっとした感じの顔とか」
     影山はそう言って人形をそっと窓辺に置いた。

    「俺、マトリョーシカってあんまよくわかってなくて、ただ木でできた人形だと思ってたんだけど、ちょっとぶつかったときに落としちゃって。そしたら中からもうひとり出てきて驚いた。菅原さんが増えた、って」
     マトリョーシカの頭をそっと外して中のもうひとつを取り出すと、影山はそれをダイニングテーブルに置いた。そしてまたその頭を外してさらに小さくなった人形を取り出すと、今度は玄関へと消えた。
     部屋に戻ってきた影山は「それぞれ担当が決まってるから」と笑った。

     マトリョーシカは5体で構成されていた。それに気付くのに、影山は3年かかったのだという。
     影山らしいエピソードに、全身がたまらなく震えた。俺は開封したての段ボールを放置して、ソファに腰かけ、手を広げた。
    「荷解きは?」
    「後にしろ!そんなの!」
     影山は苦笑しながらも、俺の胸に倒れ込んだ。
    「可愛い!お前、いくつになっても本当に可愛いわ……」
    「別に、嬉しくない」
     髪の毛をぐちゃぐちゃにされながら影山はそんな可愛くないことを言った。
     「でも?これからはいつでも本物の菅原さんが傍にいることは?」
     俺が圧力をかけてそう訊ねると、影山は笑って呟いた。
     
    「すげえ嬉しい」
     

     おわり
     
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