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    koshikundaisuki

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    食事の時、横に座ってくるユキムラさんに違和感を覚えるリョマ

    左利きの日って聞いて書き始めたけど初動も遅ければ普通に筆も遅いのでなんでもなくなったリョ幸です。

    #リョ幸
    ryouko

    そういう戦略だったってわけ?「テニス以外は全部左利き?」

    向かい合って食事をしている時──と言っても俺が合宿所の食堂でご飯を食べてるときに向かい側の席に勝手に座っただけで、一緒に食事をしていたという認識はないんだけれど、とにかく幸村さんが出し抜けにそう声を掛けてきた。

    それまで俺たちは一言の会話もなく、何なら朝の挨拶も「やあ」「はざす」というあんまりなものだったからはじめ、自分に向けられた問いであることに気付かなかった。「左利き」という単語でようやく顔をあげたものの、幸村さんの視線は俺ではなく、皿に向けられていたから「やっぱり俺じゃなかったかもしれない」と思った。

    でもこの合宿所に左利きの人間は知ってる限り俺だけなので「そっすね。テニス以外は片手で事足りるんで」と答えると「そうなんだ」と相槌が返ってきた。相変わらず皿の上の焼き魚に目を落としたままだ。
    会話はそれっきり。何も起きたりはしなかった。
    この話をしたのは、「だから幸村さんは俺が食事の時に左手を使用していることを認識しているはず」という点を知っておいて欲しかったからに過ぎない。



    好きにすればいいとは思いつつ、違和感があった。

    U-17W杯の選手村は広くて、食事処ひとつとっても種類が多い。世界各国の選手が一堂に集うこともあって、文化の違いなんかにはかなり気を遣ってるな、という印象を受ける。
    選手の大半はメインダイニングに足を運ぶ。あそこは規模も大きく、様々な国の料理が楽しめるのが特徴だった。ビュッフェ式だからカロリーコントロールをしている人間や、ただ好き嫌いが多いだけの人間にはうってつけ。ただ24時間開いているとはいえ、昼食の時間なんかは大体被るから混みやすいっていうのと、日本食のクオリティはいまいちだった。例えるなら機内食で出る蕎麦みたいな。わかるだろうか、あの香りも何もなく、やわらかくて細い粘土を食べているような感じ。どうしても蕎麦が食べたいってことにはあまりならないまでも、日本食が食べたい。できるなら美味い和食が。そうなると日本食専門店に行くしかないのだ。1日に1食はここで食べた。店内は「日本っぽい」内装で、テーブル席の他にカウンター席もあった。目の前のガラスケースには魚介類がズラリと並んでいて、指をさせばそのまま寿司にもしてくれるので、海外の選手にも人気だった。と、いうか日本代表選手の姿はここではほとんど見かけなかった。みんな珍しい料理が食べられる環境下でわざわざ和食を食べる気はないらしい。

    俺は基本一人で食事をとっていたこともあって、カウンター席を陣取っていた。魚は寿司以外の調理法も可能なので、焼き魚にしてもらっていたのだ。何の魚かはわからない。ただ見た目がそんなにやばくないやつ、小骨が多くなさそうなやつ。そんな魚を選んでいた。

    「今日のだと、鮭か鱈、あとは鯖なんかがいいんじゃないかな」
    後ろからそんな声がすると思った瞬間、左隣の椅子が引かれた。幸村さんだった。
    「俺は秋刀魚をもらえますか。焼き魚でお願いします」
    先ほどとは違い、丁寧な英語でそうシェフに注文をしながら「骨が多い魚があんまり好きじゃないって聞いたから」と幸村さんは言った。
    「余計なお世話だったら、悪かったね」
    やっぱりこちらを向くことはなく、淡々と。俺は「どうも」と返しながら、シェフには「じゃあ鮭で」と注文した。
    ほぼ同時に定食が卓に置かれた。幸村さんは端然と手を合わせ、「いただきます」と声に出した。俺はそのまま箸を付けた。
    身をほぐしながら、骨を取ることに専念していると「和食専門店なのに、日本の方じゃないんだね、シェフ」と幸村さんが言った。万が一日本語を理解できるシェフだったとしても気を悪くさせないためだろう、独り言かと思うほどの小さく、穏やかな声だった。
    俺は黙って皮から身を剥がす。
    「内装も、海外の人が思う日本って感じで、少し可笑しいね」
    それは、俺も思っていた。と言っても俺もアメリカ育ちなので理屈まではわからないのだが、ちぐはぐした感じ。赤いチョウチンに描かれた「漢字」という文字。カウンターの上に並ぶ招き猫と日本人形。そして折り紙の手裏剣(子どもが折ったみたいな出来だ)。たぶん、海外の人間がイメージする日本っぽさが詰め込まれているせいだ。
    幸村さんは俺の返事など元々期待していなかったのだろう。一度もこちらを向くことなく、綺麗な所作で魚を口に運んだ。
    時々、幸村さんの箸を持つ手が、こつんと俺の手にあたる。時には箸の持ち代が触れ合った。不快感はない。元々左利きの俺は、マジョリティである右利きの人間と接触することが多かったし、食事の場だけでなく、学校生活でも肘がぶつかることがあった。ガサツな堀尾が消しゴムで何かを消す時なんかはとにかく不快だった。
    それに比べれば全く気にならないレベル。でも何回か、たぶん5回目くらいに箸がカチャ、と小さく音を立てたのだ。
    幸村さんははじめてこちらに視線を向けて相手の警戒心を解くような笑みを浮かべ、「失礼」と言った。
    それをきっかけに、幸村さんの方を、俺も見たのだ。

    秋刀魚なんか、よく食べられるよな、と思う。一本、大きな骨がうまく取れても細い小骨が残る。それが喉に刺さったらもう最悪だ。
    でも幸村さんは魚の長い体に並行するように箸で切れ目を入れ、上半分だけを食べていた。思わず見入る。そこを食べ終えると、今度は下半分の身をほぐす。俺が使っているものと同じ箸が、透き通った猫の髭みたいな骨を器用に取り除いては、皿の端に集める。黒い身の部分には、大根おろしを乗せて食べていた。こちら側の身は綺麗に食べ尽くし、てっきり魚をひっくり返すのだと思っていた。幸村さんはそのまま尾のほうからスッと骨を外した。先ほど猫の髭を集めた場所と同じところに退かすと、残りの身を食べる。大根おろしに醤油をつけて。時にはカボスを絞って。魚を食べた後は白米を口に運び、しばらくしてみそ汁に口をつけた。そうして幸村さんの皿の上には絵に描いたみたいな、魚の骨が残った。

    実際幸村さんは所作がきれいだし、意外性なんかなかったはずなのに、ほとんど見惚れるかのようにそれを眺めた。彼の食べ方が、秋刀魚を食べる時の正しいマナーなのだということは、しばらく後で、何かのバラエティー番組で見た。でも、それを知っていたとして、そんな食べ方をする中学生、周りにはいなかったのだ。もしかしたら手塚部長がこの食べ方に近いのかもしれない。釣りが好きだし、あの人もなかなか古めいているところがあるから。でも魚を食べているところを、まじまじと見たことなんてない。興味もなかったし。

    幸村さんは最後に「湯」と書かれた湯飲みからお茶をすすると、はじめと同じく、手を合わせて「御馳走様でした」と言った。
    魚に意思なんてあるのか知らないけど、真っ白で光のないBB弾みたいな目からは「全うした」という感情すら伝わってくるようだった。たぶん秋刀魚界の中でも、いい最期に類されるんじゃないか。

    幸村さんは、シェフに「Thank you for the nice meal.」と伝えたあと、「じゃあね、ボウヤ」と言って立ち去った。
    俺と、無様に身をグチャグチャに解された鮭を残して。




    さすがに毎日ではなかったけど、結構な確率で幸村さんと遭遇した。左隣の席について、その度二言三言、言葉を交わした。
    「あのシェフ、左腕に”冷奴”ってタトゥーをいれてるね」とか、「醤油は大根おろしにつけるといいよ」とか「左手だと、魚を食べるのも難しいだろうね」とか、テニスとは関係ないことを。
    「左利きなのと魚の食べ方が下手なこと、関係ある?俺が単純に得意じゃないだけだと思うけど」
    揶揄われたのだと思ってブスくれながら言い返すと、幸村さんはあっさりと「あるよ」と言った。

    「魚って頭を左側にして盛り付けるだろう。これって右利き前提に考えられてるから、多少窮屈に感じることはあるんじゃないかな」
    そう言ってから、「と、言ってもボウヤは順番なんて関係なくあちこち突いてるから、あまり関係ないかもね」と笑う。
    「別に、それって魚に限った話じゃないし」
    箸でほじる様に骨を取り出す俺に、幸村さんは「最初に全部剥がすとすぐに冷めてしまうから、部分ごとにわけて食べるといいよ」と言う。
    「本当は右上から左上、その次に下半分を食べるのがいいんだけど。マナーなんてものは言っている人の自己満足でしかないから、君が美味しく食べられるように食べたらいいと思うよ」
    それは確かに助言だったのだけれど、幸村さんの声はひとつも押しつけがましいところがなく、「君がそうしようがそうするまいが俺には関係がない」とも取れるほど淡々としていた。だから俺だって言うとおりにする必要は全くなかったけれど、上半身の右側から順に、解して食べた。左側の身をつまむときに、何度か幸村さんの手が当たった。幸村さんは何も言わなかったし、俺も謝らなかった。骨の取りにくさには何ら変わりはなかったけれど、なるほど、最後までほんのり温かくて確かに美味かった。


    そうだ。俺が話したかったのは、魚の食べ方がどんどん上達していったことなんかじゃない。
    幸村さんが、いつも俺の左に座ることだ。どこに座ろうと、幸村さんの勝手だと思いながらも気になっていたことがある。

    幸村さんは俺が左利きであることをよく知っていた。さらに、左利きの人間が感じる窮屈さについても理解していて、人に気を遣うのも上手い。大石先輩のする世話焼きとはまた違う。あの人のは、気を遣わせていると思わせないような気の遣い方で、ぼんやり生きている人間だったら何も感じないようなさり気ない配慮だ。「気を遣わなくていい」と言われれば、きっと幸村さんは「ん?」と言って笑うだろう。何のこと?とでも言うかのように。「あれ、やっぱり気のせいだったかな」と思ってしまう程に自然に。

    あんなに聡い人が気付かないわけがない。箸を動かす度に手と手が触れ合っていたのに。右の席だって、いつも空いていたのに。
    右側の席に座ればお互い何の不自由も起きないことくらい、あの人がわからなかったわけがない。




    パリで開催されたとあるレセプションパーティーで、ふとそんなことを思い出した。外資企業のオフィスとハイブランドショップが入った高層ビル。そこの最上階のスカイラウンジ、街の夜景を一望する窓側の立食ブースでは、各界著名人が優雅に会話を楽しんでいる。同業者もいた。はじめはスポンサーと真面目腐った顔で話をしていたのに、今は着飾った女の子たちを前に、爛々と目を光らせている。

    どのタイミングで会場を抜け出すか。このビルの上層階(このフロアの数階下)にあるホテルに部屋をとっているから、戻って飲みなおしてもいい。
    バーカウンターでゆっくりとグラスを傾けていた俺の横に、幸村さんが座ったのはその時だった。
    「やあ越前、こんなところにいていいのかい」
    「来といてアンタが言う?」
    「俺は然るべき関係者に挨拶を済ませた上でここに来てる。そして君が最後だ」
    「ああ、俺にも?どうも」
    いつしか幸村さんは俺を「ボウヤ」とは呼ばなくなった。俺たちの身長差はないにも等しかったし、成人してしまえば年齢もほとんど関係がない。ただ同じ舞台で戦う人間と、人間だった。プライベートで(果たしてこの関係者だらけのパーティーをプライベートというのかは置いておくとして)会うのは久しかった。普段対峙する幸村さんの、横顔がすぐそばにある。
    幸村さんは提供されたカクテルを黙って飲んでいる。すでにあちらのエリアである程度飲んできたのだろう、顔色こそ変わらないものの、目の縁がほんのりと赤色を帯びている。時折右手でグラスを弄ぶように揺らしながら、思い出したように口へ運ぶ。カウンターへ空のグラスを下したとき、幸村さんの手の甲が俺の左手に掠めた。

    「失礼」と、あの時のように言われるんじゃないかとぼんやりと想定していたのだけれど、幸村さんは無反応だった。頬杖をつき、瞼を閉じて、温和な表情を浮かべている。
    アルコールで火照った肌の温度が、手を通して伝わってくる。

    「いつも、左に座るよね」
    疑問を投げかけるというより、独り言のようにそう呟く。幸村さんはゆっくりと目を開けたけれど、こちらを向きはしなかった。
    そして、当然のように答えは返ってこなかった。
    幸村さんの右手がスッと動き、グラスを手に取った。あ、と声に出す前に、それを飲み干してしまう。

    「それ、俺のグラスだけど」
    「君はさ」

    空のグラスをそっと置きながら、幸村さんが口を開いた。静かな声だった。雑多なざわめきの中で、それでもまっすぐ俺の耳に飛び込む。やわらかくて、優しくて、それでいながら愉快そうに響く声。

    「自分でどう思ってるかわからないけど、意外と鈍いよね」

    手元に視線を落とした。幸村さんの小指が、俺の肌をそっと撫でていく。顔をあげると、崩れた片腕にもたれかかりながら、色のある微笑を口角に漂わせて俺を見つめている。

    ああ、やっぱそうなんだ、と思った。
    俺はなんだか悔しくなって、「中坊に何、求めてるんだよ」と思わず洩らした。

    終わり
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