手袋越しの戯れ
図書室の長机に横並びに腰掛け、ヴィルと魔法史のレポートをすすめる。彼とはよくこうやって、ともに課題に取り組んでいた。
ふと、ヴィルの手が私の左手に当たる。ちらりとヴィルを見るが、特に気にしていない様子で教科書に目を通している。当たっただけだろうか。ヴィルはすぐにレポートの続きを始めたので、私も特に気に留めることなく課題を続ける。
「……?」
まただ。そんなに窮屈な広さでもないのに、ヴィルの右手は再び私の左手に触れる。なにか私に要求しているのだろうか。ヴィルの手が離れたあとも、私はしばらく自分の手を見つめた。
ヴィルは何事もなかったかのように課題を再開する。その手元からヴィルの横顔に視線を移すと、笑みをこらえるように口角がキュッと上がっていた。
「……ヴィル?」
「なにかしら?」
こちらを見るヴィルの目にはほんのり茶目っ気が宿っていて、これはヴィルの気まぐれな戯れなのだろうと理解する。
「いいや、なんでも無いよ。お気に召すままに、毒の君」
「ふふ。なんのことかしら」
それからヴィルは、時折課題に手をつけながらも何度も私の手に触れた。初めのうちは手の甲同士が擦れ合うだけだったそれも、今は重ねるように触れられている。ヴィルの態度を見るに私からの反応は要求していないようで、私は何食わぬ顔で課題を進めている……振りをしている。
正直に言うと、まったくもって集中できない。こんな魅惑的な戯れをされて、集中しろという方が無理だろう。ヴィルの課題はどうなっているのだろうか。利き手で私と遊んでいては、進められないのではないか。
そして、手袋の上からでは物足りなくなったのか、ヴィルは私の手袋を脱がそうとその隙間に指を伸ばした。私は反射的に手を引いてしまう。
「ッ……ヴィル。……それはいけないよ」
「あら……。ごめんなさい」
止められると思っていなかったのか、ヴィルはピクリと固まり手を引いた。その様子はまるで叱られた子どものようで、少しばかりきつい言い方をしてしまったことを後悔する。
「……すまない。でも、これは狩人として外せないものなんだよ」
「……そうだったわね」
そう言って、ヴィルは退屈そうに教科書に視線を落とした。
私がめったに手袋を外さないことは、ヴィルも知っていた。それは狩人として自分の痕跡を残さないためだ。しかし今この場において、そんなことを気にする必要はあっただろうか。その手でどこかに触れるわけでもなし、ヴィルに触れられるだけであれば、あのままなすがままにされても良かったのではないか。過度なこだわりは身を滅ぼす……。私は自分の言動を反省した。
……ヴィルはもう私に触ってはくれないだろうか。なんとも身勝手なことを考える。そう思うほどに、先程のヴィルとの触れ合いは私にとって甘美なものだったのだ。
私は願いを込めて、先程と同じ場所に左手を置く。ヴィルの視線がチラリとそれに落とされるのを感じる。
先程までの大胆な触り方とは打って変わって、恐る恐るといった様子でヴィルの右手はそっと優しく私の左手に触れる。私が拒否しないとわかったのか、そのまま手の甲を覆うように包み込む。
かと思えば、今度は人差し指の先で丁寧に私の指をなぞり始める。爪の先から付け根へと、親指から順に一本一本丁寧に。手袋越しだから感覚は鈍いが、それでもそのゆったりとした動きは私の心をぞわぞわと疼かせる。
小指の付け根までなぞり終えれば、その人差し指は親指の側面へと移動する。再びゆっくりとした動きで、小指までの全ての指の側面をなぞっていく。時折指と指の間をくすぐられ、思わず息が漏れそうになるのを懸命に堪えた。
今、私の左手はヴィルに完全に支配されている。そんなはずはないのに、痺れて自分の意思では動かせないのではと錯覚してしまう。ただ手袋越しに触れられているだけだと言うのに、その官能的な動きと淡い刺激は私の脳を甘く溶かした。
ああ、これが直接触れられていたならば、一体どれだけ刺激的だっただろう。私は先程、手袋を外そうとしたヴィルを拒否してしまったことを再び後悔する。
「ヴィル……やっぱり……」
どうにも我慢できず、私は手袋を外そうと手をかける。すると、ヴィルが両手で私の左手を包み、それを静止する。
「それは狩人として外せないものなんでしょ?」
「……ヴィル、止めてしまったことを怒っているのかい?」
「まさか。さっきのは本当にアタシが悪かったわ。ごめんなさいね」
そう言うと、ヴィルは私の左手を名残惜しそうに離し、机の上を片付けて帰り支度を始める。
「ヴィル、課題は良いのかい」
「もうとっくに終わってるわ。ルークの手に初めて触れたときからね」
アンタもさっさと終わらせなさいよ、と荷物を抱えてヴィルは去っていく。なんと、あれだけ誘惑しておいて、早く終わらせなさいだなんて手厳しい。
ヴィルの気まぐれは私には刺激が強すぎる。それは思わず狩人であることを放棄してしまいそうになるほど。しかしそれでもやはり私は、ヴィルが与えてくれる全てのものに喜びを感じてしまうのだった。