薮をつついてみたら「????」だらけになった譲テツ。あれから譲介の想い人のことが気にかかっていたが、一晩過ぎて唐突に答えが降りてきた。
未婚で、男で、譲介を家族のように想っていて、恋愛感情は無くて、譲介よりも俺の方がよく知っていて、重い病にかかっていて、譲介より先に死にそうで、譲介が看取ると約束した人…。
オレか〜〜〜〜????
そんなはずはないと、必死で思い当たる人物を脳内で検索してみたものの、残念ながらオレ以上に適合する人物はいない。
いや、だって全然そんなそぶり見せたことねえじゃねえか。あいつはいつもオレのことを手のかかる親父みたいに扱っていて、オレの病気を心配してるのだって単に恩人だからじゃねえのか????
同居人にそんな感情があるなんて思いもよらなかったが故の、隙だらけだった己の日常生活が、今になってうかつすぎて恥ずかしさで冷や汗が出る。風呂上がりにパンイチでウロウロしたり、だるいからってソファでごろ寝したり…。あんな時もこんな時も、あいつは無反応だったよなァ!?
まあそれ以前に治療でさんざん裸を見せてるワケだが…。逆にオレも見てるワケだし…。医者が患者の裸見て欲情するようでは失格だからあいつの態度は正解なんだが…。
オレの余命が短いことは自明だったから、好かれて愛着を持たれないよう、それでいて虐待にはならないよう、慎重に接してきたはずなのに、どうしてこうなった。まさか5千万ごとき端金で心がなびいたとは思いたくねえが。
もう少し分析が必要だ。あの時譲介と交わした会話を反芻する。
「今のままで十分幸せ」だと言っていた。本心からそう言っているのだとしたら、これほど嬉しいことはない。
だが、「お互いにとってベター」だとも言っていた。ベストではなく、ベターだと。そこがやけにひっかかる。あいつの考える"ベスト"ってなんだ?
いや待て、「どうこうなりたいという欲はない」とも言っていたな。恋愛感情はあるけど性的接触は望まないというヤツか?よく分からねえが…。
いっそ、「全部冗談でした」って言ってくれたほうが楽だぜ…。
モヤモヤする…。こういうハッキリしねえのはメチャクチャ気持ちわりィ…。
このまま気づいてないフリをして過ごすのもストレスが溜まる。限られた余生をストレスに支配されるのはシャクにさわる。何より健康に良くねえ。
というワケで、白黒ハッキリさせることにした。
風呂もメシも終わって、譲介はソファでタブレット見ながらくつろいでいる。その隣にどかっと座って話を切り出す。
「こないだお前が言ってた好きなヤツのことなんだが」
「まだその話続けるんですか?」
おう、勝手におしまいにしてたまるかよ。こっちはモヤモヤでただでさえ悪い胃がキリキリしてんだ。
「…今、そいつはこの部屋にいるな?」
長〜い沈黙の後、譲介は絞り出すように言った。
「…はい」
はあ〜〜〜〜…。確定しちまったか…。
オレのでかいため息を聞いて、譲介は身を縮こませた。
「すみません…あなたを困らせる気はなかったんです」
「咎める意図はねえ、人が人を好きになるのは不可抗力だからな。ずっと隠し通すつもりだったのか?」
「このことは墓まで持っていくつもりだったんですけど」どっちの墓だとツッコミたくなったが、かろうじて踏みとどまった。「あなたがあまりにも気づかないので、もうバレてもいいやって気になって」
ん?開き直ってねえか、こいつ?まあ、バレた後だしな。
「いつからなんだ、その…意識し始めたのは?」
そう、そこが肝心だ。何かあるとしたらあの3年間だが、当時の譲介はまだ子どもだった。オレとしては未成年に性的興味を持たせるような挙動をした覚えは無いが…何かあったとするならさすがに困る。
「いつからって…自覚したのは、マンションが空っぽになった時ですね。ショックでめちゃくちゃ泣いて…ああ、僕はあなたのことが好きだったんだなって」
いやどういうきっかけだよ。憎まれようとしてやったんだぞ。なんで好きになっちゃってんだよ????
ロクでもない闇医者なんかさっさと憎むか忘れるかして、真っ当な人間に正しく育て直してもらうべきだったんだ。こいつに憎まれるにはどうするのが正解だったっていうんだ????
神代のもとで表向きには真っ直ぐ育ったように見えたのに…一皮剥いたらこんなことになっていたとは…。恐らく神代のほうも気づいちゃいないだろう。気づいてたらきっとオレはメスでズタズタにされてる(その後治療される)。
子育てってやつは難しすぎるぜ…。
過去のことをとやかく言っても仕方ない。オレには懸念事項がもう一つある。
「そんじゃおめえ、オレで抜けるのかよ?」
ひとくちに"好き"と言っても色々ある。そこに性欲が含まれてるかどうかで、気構えが変わってくる。今後も同居を続けるなら確認しておかなければならない。これまで過ごしてきた中でそんな気配はちっとも感じなかったから、恐らく大丈夫だと思うが…。
「言っても怒らないって約束できますか?」
なんだその前置きは…嫌な予感がするぞ…。
「オレが質問してるんだから、怒るもなにもねえだろ」
「じゃあ言いますけど、抜けます」
あんのかよ性欲〜〜〜〜????
知りたくなかった事実だぜ…。どうなってやがるんだ、オレは還暦のジジイだぞ…。
「僕自身も自分の気持ちがよく分からなくて、気の迷いじゃないかと思って女の子と付き合ってみたりもしたんですけど」
おお?初めて聞く話だな。ちゃんと青春してるじゃねえか。
「正直言うと、他の人を抱いてる最中にあなたのことを考えてしまって」
正直すぎねえか?????
普通そういうこと言うのためらうだろうが、本人の前では????俺に嫌われるとか思わねえのか????
そう言えばこいつは昔からそうだった。オレのことを試してるのか気を惹きたいのか、やるなということをやったり、全然言うこときかなかったな。
こいつの性欲の矛先を俺から逸らすにはどうすりゃいいんだ。徹底的に嫌われてやるか?一番辛い時に置き去りにされて逆に好きになるようなヤツから、どうすれば嫌われるのか皆目見当もつかないが…。
「あ、あの、気持ち悪いと思うかもしれませんけど、本当にあなたに変なことする気は無いので、できれば今までどおりに過ごしてもらいたいんですけど…」
今頃正気に戻ってるんじゃねえよ。もう色々手遅れだろうが。
今までどおりに過ごすって…オレに欲情してるヤツが隣にいるってことを意識しながらは、ちっと難しいんじゃねえか…。
しばし、頭ん中でシミュレーションしてみる。
こいつも格闘術はそこそこできるようになったが、体重差もあってオレを組み敷くほどではねえしフィジカルなら対処できるな。オレを薬か何かで弱らせるなら可能性あるかもしれねえが…そこまでするってことはよっぽど思い詰めた時だろう。まあ…そうなったらそうなったで肚をくくるか。どうせオレの貞操なんか守ったところで捧げる相手もいねえことだし。真っ当に子育てできなかった責任はオレにあるワケだし。
開き直ってみれば、これまでモヤモヤ悩んでいたのがバカらしくなってきた。いざとなりゃ喰われてもかまわねえって覚悟できる程度には、オレもこいつに惚れてるってことなのかもしれねえな、こいつが抱いてる感情とはベクトルが違うにしても。
「まあ、心ん中で思うくらいはおめえの自由だから勝手にしろ。ただしオレが嫌だと思ったらすぐに出てってやるからな」
「わ、分かってます分かってます。努力しますから出ていかないでください」
「オレ以外のヤツを好きになる努力もしろよ」
すると、途端にムスッとして「それは無理です」と言い切りやがった。
「分からねえぜ、人生は長いからな」
特にお前の人生は、オレがいなくなってからも続くんだから…という言葉は言わずにおいた。それを言うと面倒なことになりそうだということくらいはオレも学習している。