バーベキュー俺をどん底の人生から拾い上げてくれた人に捨てられて、まあ田舎に身を寄せることになったんだが、初めての週末バーベキューをすることになった。
正直なところそんなことをする気分にはなれないし何なら寝てたいし気遣いがありがた迷惑というか、居た堪れないというか、とにかく嫌だったんだが居候の身の上で断れるわけもないから参加した。
当日の昼間になって庭に出てみたら、俺以外の参加者が集まっていた。主役のお出ましだ、とでも言わんばかりに俺を見て微笑むみんな。帰りたい。一体どこへ? 前の家に帰ったところであの人はいない。
多分あと1週間は何をしてもあの人のことを思い出すんだろうな。
俺の諦めとも悲しみともいえないものを混ぜた笑みを見たみんながどう思ったかしれね、彼らが指し示したのは肉だった。
凄い。そうとしかいえない。キロ単位の塊で買ってきている。もはや岩だ。ていうかもしかして裏の山で狩った動物だったりするのだろうか? ちょっと怖くて聞けなかった。
一応、招かれた側だから土産がわりに秘蔵のレトルトカレーを出してみたけど「まあまあまあ」と押し戻される。手を離れる間も無く俺の胸元に戻ってきたカレーは非常にきまりが悪い。見かねた執事? とかいう人がとりあえずあっためてくれるとかで受け取ってくれた。良かったのか。どこへいくのか、俺のカレー。
さて、そうこうしてるうちにいよいよ狂乱のバーベキューが始まる。
まず先生が岩を肉に変えていく。切る。やたら切る。それもナイフや包丁ではない。メスで切るんだから切れ味は抜群だ。その上先生は世界一、二を争うレベルでメスの扱いがうまいんだからそりゃあとんでもない肉が切り上がる。はたから見ていても豆腐でも切っているのかというような有様だ。先生も段々と肉の切り方をわかってきたのか、「なるほど、筋のつき方がわかった」とか言っている。ちょっと怖い。俺と同じく先生の元に身を寄せる一也は目を輝かせてそれを見ている。尊敬の念を深めてるらしい。「さすがK先生!」とか言ってる。なんだ? ボケか? ふと俺のそばに立っている先生の同僚に目を向ける。生暖かい目をしていた。
肉を切ったら焼くわけだが、庭に設置された鉄板がまたでかい。人とか焼けそう。怖い。
で、いよいよその畳の如き鉄板の上に肉を乗せる。効率悪いだろってくらい肉を並べる。もうお構いなしだ。焼く。敷き詰める。やたら焼く。すごく焼く。物量こそ正しいことなんだ。
のどかな田舎というよりも、ただただ山の中にあるというべき先生の家の庭に肉の焼ける脂の匂いが漂い出す。ついに始まってしまったのだ、バーベキューが。
「さあ、焼けたぞ」
1枚目は俺の皿の上に乗せられた。それじゃあと、口の中に肉を放り込む。うん。うまい。なんで外で焼いただけの肉がこんなにうまいのか、全く不思議だ。どんなに落ち込んでいても肉は美味いらしい。
俺の心情を知ってか知らずか、この一口を皮切りにいよいよみんなが肉を食べ出した。
焼いた肉を一也が食う。麻上さんが食う。執事さんも食う。熊みたいな大男の先生も食う。
バカでかい鉄板で、肉はどんどん焼けていくのに、一切鉄板の端で食材が余るということがない。飲んでるのか?
まあ奴らが肉を飲もうが吸い込もうが構いやしないけど、同じペースで俺の皿にも肉が盛られるのはどういうことか。ふざけんな。別に肉自体は美味いしもっと食べたいが、それにしたって食べたそばから追加されて一向に減らない肉というものには期待よりも恐怖を抱くもんだ。俺は今まで六十手前のじいさんと二人暮らしだったんだぞ。そもそも大皿料理なんて出てこないとか、少し考えりゃあわかるだろうに。そんなことはお構いなしだ。みんなそういう推察得意だったよな?
肉を前にすると、人はバカになるのかもしれない。俺はこのバーベキューで薄々そんな真理に気づき始めていた。彼らはただただ食う。頭なんか使っていないだろう。肉を焼いて、肉を食って、また焼いて。永久機関だ。最初は先生が肉を焼いていたが、途中麻上さんや執事さんに代わったかもしれない。だが、もう、それどころじゃない。バカの永久機関に俺が組み込まれているんだからこっちも必死だ。
「いるか?」
そう聞いてくる時にはすでに肉が俺の皿の上に乗せられている。どうなってんだ。隣を伺うと一也は飲むように肉を食ってるし。なんなんだよ。目が合う。
「あんまり食べてないんじゃないの?」
……などと供述しており。そんなことを聞いた肉焼き番がすかさず俺に肉を寄越す。
ばか。畜生。
俺は無性にカレーが食いたかった。というか肉以外のものを食べたかった。もちろん野菜もあるが、比率だ、比率。俺の渡したカレーは少し前に執事さんに丁寧にあっためられて出てきた。つまりカレーはもうない。一也は「カレー美味しいね」とか笑ってやがったけど、お前本当に味わって食ったか? 飲んでたじゃねえかそのでかい口で。
だが、まあ、例え今カレーを出されたところで俺は絶対に食えない。無理だ。
この頃俺はもう頭なんぞ使っていなかった。ただただ肉を食べる機関そのものだった。
そうやって気がついてみると、あの肉の塊は綺麗に消え失せていた。終わったのだ。狂気の宴が。
だが、先生、「今日は特別だ」とか言ってバカでかいアイスを取り出してきた。うそだ。バケツみてえなサイズ。どこで売ってんの? 俺は今ピノでも食えるかわかんねえぞ。
「やったあ! 嬉しいです!」
一也がはしゃいで喜んでる。マジか。薄々感じてたけど、いよいよお前が同い年とは思えん。関取かバケモンか、ゆくゆくは熊だろ。多分。
嬉々として山盛りに盛られたアイスを口に運ぶ一也と、小鉢によそわれたアイスをゆっくりと食べる麻上さん。残ったアイスを冷凍庫に戻してきたのか、先生も丼ぶりアイスを片手に食べて談笑に交わった。アウトドアチェアに身を沈ませ、アイスを持て余しながら俺はそれを眺めている。
脂ですっかりバカになったと思った鼻に香ばしい匂いが入り込んできた。顔を持ち上げると執事さんが手に湯呑みを持って隣に立っていた。ほうじ茶か。俺に必要なものはあたたかいお茶かもしれない。嘘だ。もう何も口に入れたくない。
「楽しかったかな?」
執事──村井さんがにこにこ話しかけてくる。
当たり前じゃないか。俺は今日すごく楽しかった。
初めてのバーベキュー、美味しい肉、団欒する人々。きっとこれが幸せというものなんだろう。
ばかやろう。なんであの人はここにいないんだ。