x月x日、未明。拝啓
ノートン・キャンベル様
正直なことを言うと、こうして人に手紙を書くだなんて久方ぶりなので何から書いたものかと迷っています。
けれど、荘園(ここ)を脱出するにあたって、たった一人にだけ手紙を送ることができると言うことだったので。最後に君に何かを残せたらいいなと思い、今私はこの手紙を書いています。
今更何を言おうっていうのかって、君は怒るかもしれない。いや、かもしれないじゃなくてきっと怒るだろうね。偽善も大概にしろ、なんて眉間に深い皺を寄せて、引き攣った笑みを浮かべてそう言うんだろう。
私だってそれなりに君とは長い付き合いになる。それくらいはもう分かるさ。君って案外分かりやすいから。
あっ、今手紙を握りすぎて皺ができたでしょう。最後までちゃんと読んでくれないと、困ってしまう。
ええと、それでなんだったかな。そうそう、色々と言いたいことはあるんだよ、これでも。
例えば、これだ。君ってば私を見かけると苦虫を噛み潰したような顔をするのに、彼女には甘かっただろう。私の知らないうちに彼女に餌をあげたりして、さ。本当のことを言うと、私は少し不満でした。いや、少し、ではなく、かなり。勿論そんなことを素直に言えるわけもないので君に皮肉を投げられても私は下手な作り笑いを浮かべるくらいしかできなかったのですが。
それに、ほら。私がそう言ったところで、君、信じないだろう。大方、鼻で笑ってそれでおしまい。私が彼女に対してつまらない嫉妬心を抱いていたなんて、微塵も思ってなかっただろう?
私もなかなか役者だったとは思わないかい?
ああほら、怒らないで。見えてないのに何をって思っているのかな君は。
私だって色々思うことはあったんだから。君に振り回されてばかりで。少しくらいは揶揄ったって許されるだろう。
本当に、狡い人だよ。君は。
嫌がらせ、だったんだろう。私に構うのは。きっと、彼女に構うのだって、ちょっとした意趣返しだったんじゃないかな。それくらい私だって分かるさ。これでも占い師だ。人の感情の一つや二つ、ね。
分かっていた。君の感情がマイナスからくるものだということは。けれど、いつからだろうか。他の感情が見え隠れしていることに。時折、その黒曜に灯る熱に。君は気付いていたのか分からないけれど。気付いていても、認めないのかもしれないけれど。私も気付かないふりをしたのだから、お互い様ということで。
ああまた話が逸れてしまったな。お前は要領を得ない、話が長いってまた怒られてしまうな。もうすぐ終わるから、許して欲しい。
それで、ええと。そうそう。
きっとこの手紙を読む頃には君も私もあの恐ろしくて、けれどどこか魅惑的なあの空間にはもういないだろう。これはこの目の力とかじゃなくて、私の占い師としての、直感。きっと私達が巡り会うことは二度とない。断言しよう。この出会いは、万が一、億が一にも起こり得ない奇跡だった。
だから私はここに残そう。君への想いを。
こんなことを言ったらまた君に怒られてしまうかもしれないけれど。
『私は君に、出会えてよかった』
そう思う。これをどう受け取ってもらっても、構わない。君の都合のいいように解釈してほしい。これは私なりの、君への意趣返しだ。
間違いだったかもしれない。褒められたことではなかったかもしれない。それでも私はどうしようもなく愚かな人間だから。もう会えないというのに、こうして未練たらしくも手紙なんて書いている。一縷の望みを捨てられないでいる。
君との出会いに、どうしようもなく感謝している。
馬鹿だと笑えばいい。くだらないと、嘲笑ってくれてもいい。
ああ、ああ。
親愛なるノートン・キャンベル。
これは賭けだ。一世一代の、大舞台。
演者は私と、それから勿論、君だ。
二度と巡り会うことはない。確かに私はそう言った。けれどもし、それこそ砂漠から一粒の砂を見つけ出すほどの確率だれど。そんなもしもが起こったのなら、ねえ。
その手を取っても、いいだろうか。許される、だろうか。
おや、そろそろ時間だ。
名残惜しいけれど、此処までのようだ。
それじゃあ、また。
いつか、どこかで。巡り会う日まで。
──君の幸せを、願っている。
敬具