お得意の愛想笑いが崩れそうになるのをぐっと堪える。残念ながら目の前の男には通用しなかったようだが。お得意様、といえば聞こえはいいが、言ってしまえば厄介事を持ち込んでくる腐れ縁と言った方が的確だった。やれ最近違法武器を流している商人の足取りを洗えだの、やれ表じゃ禁じられた薬とやらをばら撒いている組織の裏を取れだの。土竜が一介の商人に依頼する内容にしては些か荷が重いと苦言を呈したのは一度や二度のことではない。とはいえそれ相応の報酬を寄越してくるからタチが悪い。それを理解してやってくる猟犬は勿論のこと、何よりそれで納得してしまう自分自身にも土竜は辟易していた。少しのリスクがあろうとそれを帳消しにするくらいのリターンを提示されてしまうとどうにも心が揺らいでしまう。いつだったかそのうち身を滅ぼすぞと苦言を呈されていたような気もするが、なんだかんだでいまだに土竜はこうして図太くも商売を続けることが出来ていた。悪運のいいやつとはよく言ったものだ。
眉間の皺をぐりぐりと解しながら土竜は重たい口を開く。いつもであれば適当に受け流していた冗談も、今は笑い流せるほどの余裕はなかった。
「聞き間違いかな。悪いけどもう一度言ってもらっても?」
「だからアンタ、子供の世話は得意かって聞いたんだ」
どうやら己の耳が馬鹿になったわけではなかったらしい。馬鹿になったのは男の頭の方だったか。
「逆に聞くんですけどアナタにはそう見えるんですか?」
この僕が、子供の世話を頼まれて喜ぶような人間に。
「だとしたらアナタ、随分と見る目がないんですねえ」
長い付き合いだったとはいえ、一体何を見ていたのだろうか。じとりとした視線を向けて見せるも男は一切気にした風もなく言ってのける。
「だったらこう言えばいいか? ノートン・キャンベル、これは依頼だ。しばらくの間そのガキを預かってくれ。何もそいつが巣立つまで、なんて酔狂なことは言わない。それに見合った報酬は出すぞ」
「……」
真顔でそう言い切る男に土竜はぐっと口を曲げる。
どこをどうとっても厄介ごとの香りしかしない依頼なぞお断りだと言いたいところだが首を縦に振らない限りこの猟犬は帰りやしないだろう。ただでさえ黒い噂の絶えない男が入り浸っているなどと噂されでもすれば営業妨害も良いところである。その間コンマ数秒。天秤にかけられた二つを前に選択の余地などなかった。土竜は諦めたように目を瞑り長い長いため息を吐く。きっと男の上司は土竜の思考回路を理解した上で男を差し向けているのだろう。全くもって不愉快極まりない話である。
「それで? 詳細は」
「理解が早くて助かる」
なにをいけしゃあしゃあと。顔色ひとつ変えない相手に舌を打つ土竜を他所に、猟犬は淡々と話を続ける。ぴっと突きつけられた写真は
「イライ・クラーク。年齢は21だったかそこらのはずだ」
「はずって、何故そんな曖昧なんです。病院ならカルテくらい」
「ないんだよ」
珍しく曖昧な情報を寄越す猟犬に、土竜は怪訝な表情を浮かべる。
「ないんだ。とある一人の患者によって病院は全焼。おかげさまでろくな情報は残ってない」
「医療従事者は? 全員いないなんて話があるわけ」
「そうだな、訂正だ。あの病院に収容されていた患者の中でそいつを除いて生存者は確認されていない」
それからもう一つ。あの病院で唯一残された手がかりだ。
ぴらりと差し出された写真に、土竜が小さく目を見開く。
「……それは」
「奇妙なことにこの病院に収容されているやつらは俺らの周りに存在している人物によく似通っていた。似通っているなんてもんじゃねえ、あれは……瓜二つだ」
「随分と愉快な話だ……」
口元に浮かぶは歪んだ笑み。