青と緑「このペアチケットあげるよ、いつでもおいで」
「ペアチケット?」
そう言って目の前にいる、自分より背が高く、顔が綺麗に整っている沖夜がにこやかに笑い、琥珀になにやらチケットを渡した。琥珀がそれを受け取り、チケットに書かれた文字を読むと、どうやら水族館のペアチケットだった。平日土日関係なく使え、ペアチケットと書かれてはいるが、決してカップル限定ではなく、親でも友達同士でも使えるチケットだった。
琥珀は驚いた様子で、沖夜の顔を見る。
「え、いいのか……?」
「いいってことよ、恋人とおいで?」
「こ、恋人……」
琥珀の脳内に恋人である鈴鹿がよぎり、思わず顔を赤らめてしまった。それと同時に、つきあっている相手が同姓にも関わらず、偏見を持たずにこうしてチケットをくれた沖夜の心遣いが嬉しかった。沖夜だけではない、琥珀の周辺の人達は、琥珀と鈴鹿の仲を応援してくれていた。その周りの反応に、気恥しさと、うれしさが交じる。
沖夜と別れたあと、鈴鹿に電話をして聞くと、鈴鹿は水族館が好きだと分かった。なら好都合、とお互いに時間の空いている日取りを決めて、今日はそれで終わった。
水族館、あまり行った記憶のない琥珀にとっては楽しみで、出かける日が楽しみだ、とチケットを眺めて笑う。
当日、平日だからか休日のような人混みとはいかなくても、たくさんの人が訪れていた。チケットを係の人に渡し、中に入る。水族館の中は薄暗く、水槽が優しく光っていた。水槽の中の魚は優雅に泳いでいた、隣にいる鈴鹿を見ると、どことなく楽しそうな様子だった。
「本当に水族館、好きなんだな」
「まぁな」
そう言うと、鈴鹿はそっと琥珀の手の握る。琥珀は、思わず驚いた顔をして鈴鹿の顔を見てしまう。琥珀の顔を見て握りたかったから、と呟いて少しだけ力を込めた鈴鹿に、琥珀は笑ってそっと握り返した。中は薄暗い、他の人も魚しか見てないから、との事だろう。
歩いて進むと、この水族館の目玉である特大の水槽があるエリアへとついた。そこには大小さまざまな魚が泳いでおり、たまに魚に餌をあげるパフォーマンスをしているとの事。水槽の中に入って餌をあげてる様子を楽しそうに見ている時、そろそろイルカショーの席をとった方がいいのでは、と話になった。
「沖夜さんがするんだって」
「へー……なら前の席取れるようにもう行くか」
移動すると、まだ人は疎らに席に座っていた。難なく前の方の席へ座ると、係の人がカッパとビニールシートを二人に渡す。やはり相当濡れるらしい。始まるまで話をしていると、段々とイルカショーの時間が迫ってきたからか、周りにはたくさんの人が座り始める。そんな中、ステージに沖夜が周りにお辞儀をする。
「皆さんこんにちは、イルカショーに来て頂きありがとうございます。それでは、ひと時の時間を!」
そう言って沖夜が手を上げると、一斉にイルカ二匹が高く飛び跳ねた。飛び跳ねて水の中に落ちる時、当たり前だが高く水しぶきが飛ぶ、琥珀と鈴鹿がばっとビニールシートを被ったおかげでほぼ濡れなかった、反対に、反応が遅れた人達は頭からぐっしょりと濡れていたが、みんな面白そうに笑っていた。
ショーも進む中、このショーでみんなが待っている、沖夜がランダムにお客さんの中から選び、イルカと触れ合える時間がやってきた。その時、沖夜と目が合った。沖夜はにっこりと笑って、マイクを近づけて口を開く。
「ではそこの、茶髪のお兄さんと緑髪のお兄さん」
「え? 俺ら?」
鈴鹿が驚いた顔をして琥珀と顔を見合わせる、そうしているうちに沖夜は何人か指名をした。滑らないように滑り止めのついた長靴に履き替え、ステージ上にあがる。ステージ内の水の中にはイルカがじっと琥珀と鈴鹿を見ていた。
「優しく頭を撫でてあげてください」
沖夜がそういうと、琥珀はそっとおそるおそるイルカに触る。すべすべとしており、イルカは機嫌がいいのか琥珀の手にキスをした。
「かわいい……」
琥珀がくすくすと笑っていると、沖夜と何か話していた鈴鹿がおもむろに手を振る。するとイルカが一斉に泳ぎだし、ジャンプをした。先程の芸の一つだと気づいた、どうやら沖夜が少しだけ教えたらしい。
「わ、すごいな……」
「すげー……」
「イルカは頭がいいですから」
ステージから降りる前に、こっそりと今回チケットをくれたこと、ステージに呼んでくれたことに対してお礼を言う琥珀。沖夜はそれに対して笑って恋人とお楽しみに、と言ってまた奥の方へと行ってしまった。
「イルカショー、楽しかったな」
「な」
お昼時だが、今行っても人が多いだろう、ということで混雑時がなくなるまでまた水族館の中を巡る。先程の特大の水槽の前で止まり、魚たちを見る。目の前に広がる青を見ていた時、鈴鹿が呟いた。
「……なぁ琥珀」
「ん……?」
「琥珀にとって青ってなんだ」
「……俺にとって……」
なぜ鈴鹿がそう聞いたかは知らなかった。何か知りたいことでもあるのだろうか、琥珀は鈴鹿の顔を見たあと、水槽に目をやり、口を開く。
「……昔の人って、青色のことを緑って言ってただろ?」
「……そうだな。例え出すなら信号機の緑色を青とか……まぁ信号機に関しては今でも青信号っていうけど」
それがどうしたんだろうか、と言わんばかりに鈴鹿は琥珀を見た。琥珀はほんの少しだけ笑う。
「……俺にとって青は綺麗な色だと思う。そして、青色のことを緑っていうのも、同じなのかなって思うんだ。俺は、青も緑も好きだよ。好きで大事で、一つでも欠けてはいけないと思う」
「……欠けてはいけない」
「……もしかしたら、鈴鹿が欲しかった答えじゃなかったかもしれない。……緑色の目をした創だって、緑色の髪色をした鈴鹿も、二人とも青が似合うなって俺は思うんだ」
そういって琥珀は笑う。自分が青色が似合うなど思っていない。二人が青が似合う青空や海が似合うとしたら、自分は夕焼けの色だろう。そう思っていたから。けれど、まえ鈴鹿が青空に向かって咲いているひまわりの絵をくれた時、無性に嬉しかったのもあった。どことなく、青空の下にいてもいいのだろうか、なんて思ってしまったほどに。
「……琥珀だって青空が似合う」
そう思っていた矢先、そう言った鈴鹿に、琥珀は笑ってしまった。