Partner(一部掲載)「ノイ」
理人・ライゼは不意に呼びかけて、真白ノイの背中に手を回す。
「っ、理人さん……⁉」
理人の手がノイの背中を探りだし、くすぐったさに姿勢を崩しかけたノイの腰にもう片方の手が添えられた。TPA本部の白く汚れひとつない廊下が禁欲的なせいで、触れる理人の手つきだけがやけに生々しく感じられる。
昼を少し過ぎた時間帯、ミーティングの直前ということもあって廊下には職員の出入りが多い。通りすがったノイの知人の職員が密着する二人に口笛を吹けば、たちまちノイの顔は真っ赤になった。
「……!」
赤い顔を背け、身をよじってノイは理人の手の中から逃れる。廊下の壁に背中をつけながらじりじりと距離を取りつつ理人を見上げると、理人は平熱の表情で指に乗せた糸くずをノイに差し出した。
「これが着いていた」
「……ほっといてよ!」
背中に残る熱のせいでノイの脈拍は狂っていた。落ち着き払って歩きだす理人の後を小走りで追いながら、ノイは上がったままの体温を下げようと己の首元を扇ぐ。
「早く行くよ」
注目を集めてしまったこの場から早く逃れたくて、ノイは理人を急かす。ミーティングルームに入って空席に腰掛けるとようやくノイは人心地つき、そんな彼の隣で理人は無言で何かを考えている風だった。
(まったく……)
『例の件』を経て、理人とノイのバディは内外からの注目が集めている。特に理人は華やかな容姿もあいまってよく目立ち、黙って椅子に座っているだけなのに職員の中には理人にチラチラと視線を送る者もいる。彼らの視線が理人から離れる寸前にノイに引っかかる瞬間が、ノイには誇らしくもあり不満でもあった。
そうした視線は決まって不躾な色を残している。理人が気づかない――または気にしていないのをいいことに無遠慮な視線を理人にぶつける彼らの存在は、常にノイを薄く苛立たせていた。
「――ノイ」
「何?」
そんなことを考えていたから、ノイの応答はぞんざいだ。
「糸くずを取るのは親のようだと言っていたが、手をつなぐのはバディらしいだろうか」
「え? それは恋人とかじゃない?」
「……そうか」
ほとんど脳を経由させずに言葉を返したノイが、遅れて理人の言葉を考えようとした時。
「――自分はノイと手をつなぎたいが、これは恋人に向ける気持ちだったのか」
理人が呟いて、ミーティングの開始を告げるアナウンスが響き渡る。
(………………………………は?)
つつがなく進むミーティングのさなか、ノイの心の中で理人の言葉が何重にもリフレインした。