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    猗窩煉とアートギャラリー
    ■現代パロディ、恋人同士
    宇髄天元の個展に行く二人

    #猗窩煉

    なんとなく、別に深い理由はない、ただなんとなく、港区がイケ好かない。港区なんて漠然とした事は言わない、六本木、特にこの六本木を好まない。オフィスにタワマン、繁華街ととにかくこの狭い一角に人生全てをぶち込んだ街。職住近、働きやすく、住みよい、そして夜は繁華街で派手に遊んで解放しよう!といったラッピング。全然好きじゃない。抽象的なことを抜きにしても、坂が多いっていうところも嫌いだ。
     ──何よりも、定期的にこの街を訪ねるとき、恋人が俺には見せない顔をしているのが気に入らない。

     普段はその肩を並べて歩く恋人が、この時は一歩だけ先を歩く。恋人に誘われて初めてあのギャラリーを訪ねた時、珍しく道案内を頼んだので、その名残りかもしれない。先を歩く恋人の髪が、歩みに合わせて左右に揺れている。急勾配をものともせずに進む姿に、改めてその恵まれた健脚に惚れ惚れとする。その一方で、手を伸ばしても届かない距離まで離れるのは堪え難く自分の歩調よりも少し速い歩みに合わせて追い掛ける。先に歩く恋人の姿を見上げると、真上にある太陽を背負って眩しいくらいで、目が焼けそうだと思った。太陽のような恋人の軽い足取り、気が急くほどの期待と好奇心を擽るのが、俺ではない他人なのだから、上り坂の傾斜が更にキツいものに感じられる。重い足取りは胸中のどんよりとした気持ちに由来しているのか、本当は道案内の名残りなんじゃなくて、俺がこのままはぐれても気が付かないんじゃないかと邪推までしてしまう始末だ。

     上り坂の途中、雑居ビルの半地下に目当てのギャラリーがある。何の飾りもない真っ白な扉、入口前に置かれたスツールには紫の蘭が飾られている。ここに来る時は、毎度このけばけばしいほどに鮮やかな花が飾られているので、看板代わりの目印なのだろう。鉢の前に置かれた小さな立て札が個展の開催期間と時間を記しているのもこの個展のお決まりだった。配合を繰り返して生み出されたんだろうと想像できる、何の罪もない花の色にすら気分がさざ波立つ。垂れ下がり連なるように咲く蘭の肉厚な花弁を指で摘まむ。造花と違って瑞々しく、体温こそ無いものの生きているのだというのを指の皮膚から感じる。「悪戯するなよ。」と漸く振り返った恋人が発した声は、まるで兄弟にでも接するような声音で、そんな些細な事すらいちいち気になってしまう。

     恋人がこうして足しげく個展に通い、作品を部屋に飾っているほどに、熱心に追い掛けている作家はこの世でたった一人しかいない。門外漢の俺にはさっぱり分からないが、新進気鋭と称され、巷を賑わせているらしいアーティスト。宇髄天元、恋人である煉獄杏寿郎のかつての級友で、美術大学の院生だと紹介された。上背があり、一目見ただけでよく鍛えられていることの分かる逞しい躯体は其れだけで目を引くというのに、見目だけでは説明の付かないほどに強烈な存在感のある男だった。
     初めて天元の個展を訪ねて、在廊中の彼を見た時は杏寿郎から紹介を受けるまで作家本人であることに気が付かなかった。芸術なんぞに熱を上げる輩は屋内での制作が殆どの、突いたら折れるようなモヤシであるはずだという想像を大きく裏切られ、自分の偏った思い込みが明るみになり、辟易としてしまった。それほどに、天元という男は華があり、活力の滲み出る、そして、たいそう気に障る奴だった。

    **

    かつての級友、宇髄天元の作品を説明するのは、たった一言あればいい。「ド派手である。」の一言だ。在学中から熱心に続けていた制作は、いつの間にかキャンバスへ向かって筆を走らせるスタンダードな絵描き像からは掛け離れていた。不変と退屈を嫌うと自称するに相応しく、画材として火薬を用いる手法を編み出したのだ。爆竹のように爆ぜる火薬を使ってキャンバスに描画する風景は、まるで解体工か事故現場のそれで、何度か学内アトリエのスプリンクラーを作動させてこっぴどく絞られたと悪びれなく話す姿は、面相筆を握って真っ白なキャンバスに噛り付いていた時よりも、生き生きと煌めいて見えた。

     芸術を嗜む知り合いは宇髄が初めてだったが、ひととなりの分かる作家の作品を見るのがこうも面白いものだとは知らなかった。良く知っているつもりの知人から生み出された物が、とうてい理解出来ないものであっても、まるで本人の生き写しのようであっても、言葉だけでは知り得ない心の内側に触れたような気分になる。無から有を生み出すことは、まさに身を削る作業だろう、額面通り命がけで作られた成果物を見るために、宇髄が開催する個展は一度も欠かすことなく通っている。年々その規模も作品も大きくなっていく様は、身内の贔屓目を抜きにしても興味深い。
     受け付けに立つ宇髄の細君たちに、手土産と差し入れを兼ねて持ってきた菓子折りと花を手渡して、そのまま談笑に興じる。すっかり巷の話題をさらうアーティストとなった友人の近況報告を聞いていると、連れ合いの恋人が先にギャラリーの中へ吸い込まれていく。「猗窩座さんも来てくれたんですね、うれしい!」と人懐こい声が彼の背に投げ掛けられるが、振り返る素振りもない。
    「いつもお二人で来てくださって、ありがとうございます。」
    「天元様も喜んでるみたい。」
    「はは、こちらこそ。宇髄も、三人も代わりないようでよかった。」
    「猗窩座さん毎回つまらなそうにしているから、もう会えないかと思いました~!」
    「こらっ、何てこと言うの!」
     正直、猗窩座を初めて誘ったのはある種の賭けだった。彼も俺と同じで、美術や芸術に明るい訳ではない。二人で美術館にいったような経験もなかった。俺は、作者である宇髄を知っているし、彼自身に興味が尽きないので面白く鑑賞できるが、猗窩座もそう感じられるかは分からなかった。それでも、旧知の友人を紹介したい気持ちと、俺が好んでいる物を彼にも知って欲しいというエゴが勝った。彼女に指摘された通り、初めて訪ねたときも、そして四度目の今も、嬉々とした様子はない。誘えば二つ返事で「行く」と帰って来るので、表層には見えないところで楽しんでいるのだろうと、そう思うことで納得している。

     広いギャラリースペースに展示されたどの作品も、火薬とアクリル絵の具の混合物が爆ぜた爆発痕だった。大小様々のキャンパス、ときどき爆発によって壊された立体物。今回の展示は、壁面に制作風景を撮影した映像が投影されていて、カウントダウンと共に響く破裂音は爆竹や家庭用花火のような可愛らしさはなく、スピーカー越しに聞くだけでも非日常的で、刺激的なインスタレーション作品のような趣もあった。
    「お、来たか御両人。ようこそ。」
    「久し振り、宇髄。」
    「俺は、杏寿郎に付いて来ただけだ。」
    「それはそれは、熱心にご覧頂いて。穴があいちまいそうだ。」
    「お前の絵は、元々燃え滓みたいなもんだろう。」
    「ははっ!言えてらぁ。」
     スピーカーで音量の絞られた爆音の合間に、作家本人である宇髄天元その人と言葉を交わす。引く手あまたのアーティストになっていた友人とは、個展で顔を合わせる以外は年に数回しか会うことが叶わない。「相変わらず可愛くねえガキだな。」と猗窩座を肘で小突く姿は、幾ら名を馳せようとも在りし日の学友の姿とまったく変わらない屈託のなさだ。
     宇髄と猗窩座が軽口の応酬をしているのを横目に、この度の新作である大型のキャンバスの前に立つ。火薬と赤色の顔料が爆ぜた痕跡が散っている、今の作風に予定調和は一つもなく、何処まで作者である宇髄の意図が反映されているのもなのかを読み解くのは不可能だろう。火花と爆発によって焼け焦げたキャンバス、匂い立つような生々しい痕跡は無機質であるにも関わらず、なまめかしく息づいて見える。

    ***

     杏寿郎が、一枚の絵の前で立ち尽くしている。見上げるほど大きな作品を前に、相変わらず一本の軸が通ったようにピンと背筋を伸ばしていた。少しだけ顎を上げて、ずっとその一点を見詰めている。激しい火花が散ってたのだろう、硝煙の香りが残るような焦げ跡と、今でもそこに火があるような真っ赤な顔料が散らばった作品だ。これを絵と呼ぶのか、ただの塵と呼ぶのか、俺にはまだ分からなかった。微動だにしない爆発痕に、もう死んだ火種に、杏寿郎の視線が奪われている。それが堪えられなくて、白い喉元を晒す恋人から目が離せなかった。
    「お前は相変わらず、よく燃えてるな。」
    「……は?」
    「やけてます、って顔に出てるぜ。」
    「俺に、火遊びをする趣味はない。」
    「彼奴は聡い男だが、色恋に関してはからっきしだぜ。苦労するなあ。」
    「勝手に話しをまとめるな、クソ爺。」
    「お静かに、クソ餓鬼。」
     苛立ちから自然と大きくなる声に、視線の先に居る受け付けの女が
    人差し指を立てて唇に当てている。杏寿郎の視線が、死んだ火種から離されて、ようやく目が合った。俺は悪くない、と叫び出したい衝動を堪えて隣に立つ大男を睨め上げる。

    「クソ餓鬼にも少しはアートが分かるように、おすすめを教えてやるよ。」
    「いらん。」
    「次の来るときは、煉獄と一緒に楽しめるようになるぞ。」
     俺の返事を無視して、天元が名刺の裏面にペンを走らせる。『ピエロ・マンゾーニの缶詰』豪快な字だ、はらいが大きく癖が強い、小さな名刺の中に納まらなくても構わないといったペン運びだった。「はいこれ、お前におすすめ。」と差し出された名刺を受け取る気にはなれずに、顔を逸らして見えていないふりをする。順路通り見終えた杏寿郎が満足そうな顔をして近付くと、無理やりに名刺をポケットに捻じ込まれた。
    「俺がなんだって?」
    「猗窩座が芸術に興味があるって言うんで、おすすめを教えてやってんだわ。」
    「勝手なことばかり言うな、天元。」
    「よかったじゃないか、宇髄の見立ては結構面白いぞ!」

     三人娘と作家先生に見送られて、蘭が目印のギャラリーを後にする。帰り道は肩を並べる恋人に、いつの間にか胸中で燻ぶっていた火種が鎮まっていく。「一緒に来てくれて嬉しい。」と照れ臭そうに言う杏寿郎の笑顔に全て報われて、悔しいかな、確かに次は杏寿郎と共に楽しめるといいなと素直に思った。

     小さな名刺に豪快に書き記された作品を検索し、今出たばかりのギャラリーへ踵を返す。烈火のように走り出し、杏寿郎の制止は届かない。
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