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    炎恋師弟と優しいお茶会

    ■煉獄兄弟と甘露寺ちゃん

    よく晴れた、秋の日だった。小春日和のこの日に、春を携えたような女性を招くと、穏やかな春風に撫でられたような心地を覚える。
    「恋柱様、お久し振りです。」
    「千寿郎君、"恋柱様"だなんてよして!照れくさいわ!」
    「柱へ就任、おめでとうございます。甘露寺さん。」
    「ふふっ、ありがとう!千寿郎くんと、お兄様のお陰だわ。」
     引っ越しかと見間違う程に大きな風呂敷包みは、甘露寺蜜璃がこの炎柱邸を訪ねるときの定番となっている。膨らみ切った包みの中には、甘露寺自ら足を使って見つけ出した甘味屋の自慢の一品からその季節の果物、時折読書家の千寿郎へ贈る書籍も忍ばせてある。大荷物を見兼ねて手を貸そうと千寿郎が試みたのは、初訪問の一度きりで玄関先の砂を付けてしまった経験から二度目からは猫の手にもならないと手伝いを辞退している。

     ひんやりと冷気を纏った廊下を進む、穏やかな日差しが照っているとは言え足裏から伝わる温度は低く自然と早足になる。先を歩く千寿郎の結わえた髪が歩みに合わせて左右に揺れる様はまるで仔馬の尾のようだった。柱に就任した際に現行の柱達への挨拶と顔合わせは済ませているものの、公の場での挨拶だけでは気が収まらないほどに、剣技の修練をつけてくれ、剣士である心構えと姿勢を見せてくれた炎柱、煉獄杏寿郎への恩義を胸に抱えていた。今日は、改めての挨拶と、一人前になったことへのお礼を伝える為にやって来たのだ。左右に揺れる黄金の尾に導かれ、鍛錬に勤しんだ懐かしい裏庭へと向かう。

    「きゃっ」
     息を飲むような、短い声が天高い秋空に溶ける。続いて、歓喜を含む「え~っ!」と色めき立った声が続く。千寿郎が両手で抱え、顔を真っ赤にしても持ち上げられない風呂敷包みを片手に振りながら駆けて、中庭で落ちた銀杏の葉を箒で集めている煉獄杏寿郎へ空き手を掲げて大きく振っている。飼い犬が飼い主を見付けてその尾を大きく振るように、自分はここに居ますと知らせるように、白くて柔らかな手の平をめいっぱい開いて振っている。
    「師範~!」
    「甘露寺!もう師弟ではないと言ったろう。」
    「煉獄さん!髪を切られたんですね、とってもお似合いだわ!」
     先の会合時には、傍らに立っている千寿郎と同じく、結わえた金髪が揺れるほどに長かった髪がさっぱりと切り揃えられている。出会ったときから、整える程度の散髪をしている姿を見たことはあるものの、長さを変える程に切り揃えている姿を見るのは初めてだった。
     並び立つと見上げた角度しか見られない煉獄を、縁側から見下ろす。切り揃えた髪を見られるのが少しだけ居心地悪いのか、今まで隠れていたうなじを髪の代わりに手の平隠すように撫でている。初めてまじまじと見るうなじの肌は傷もなく、手の甲に比べると日に焼けておらず少しだけ色白な印象を受けた。首元の付け根、頸椎の出っ張りが千寿郎よりも大きく、躯体の違い意外にも骨太さに起因しているのだろうかと思いを巡らせる。
    「とっても、お似合いです。素敵だわ。」
    「手放しで褒められると、嬉しいものだな!ありがとう!」
    「兄上、甘露寺さん、火鉢の用意をしてあります。中でお休みになってください。」
     賑やかな再会を眺めていた千寿郎が胸の前で手を合わせて柱二人に声を掛ける。知らずに冷えている体に沁みる熱めに淹れた煎茶と、甘露寺一押しの甘味を摘まんで懐かしい話しから、近況まで、語り尽くせないお茶会を始める合図だった。

     栗の甘露煮の上品な甘さに舌鼓を打ち、煎茶の爽やかな渋みがよく合う。前回好評だった甘夏の入った蜜柑大福と同じ甘味処の新作だと、まるで自分が手ずから作ったように自信満々に取り出した包みには薩摩芋と書かれている。二つずつ目の前に配られていき、中央の菓子盆にはお月見のお供えよろしく真っ白な饅頭が山のように積み上げられている。促されるまま、千寿郎が先に饅頭を手に取り、見た目よりもずっしりと重みのある其れを真ん中から二つに割ると、色鮮やかな芋餡が顔を出す。ごろごろと芋の形が残る餡に思わず頬が緩む。饅頭の山が切り崩されるのは、茶が冷えてしまうよりも早いだろう。

    「師範…じゃなくって!煉獄さん、気分転換に散髪されたんですか?」
     これからの季節は首元が寒いかもしれないわ、と空になった菓子盆を前におかきの紙包みを開きながら、甘露寺が心配そうに、すらりと伸びる首筋を見詰めている。
    「いいや、鬼に掴まれてやむを得ず。」
     包み紙で折り紙に興じている千寿郎が兄の表情を伺うようにそっと視線を向けている。二人の視線を受けた杏寿郎は自身でも慣れていない短い襟足に片手を当てて、切り揃えられた毛先を流れに逆らって撫で上げている。
    「失ったのは髪だけだ。そんなに青い顔をしなくていい、戦闘で邪魔になると考えが及ばずに不甲斐ない限りだ。」
    「兄上。」
     小さな兎を折り終えた千寿郎が、兄の前にそれを差し出す。声変りを終えたばかりの不安定な発音は、独特の調子が付いているようだった。兄を呼ぶだけではない色が含まれている事に気が付くと、対面でその細指を強く握っている甘露寺に気が付く。
    「すまない!配慮に欠けていたな。」
    「いいえ、私も…気が付きませんでした。そうよね…長い髪は、戦さ場には不必要だもの。」
     桜貝のような爪が強く握られた指先で白く色を変えている、朗らかな表情は一転し戦場で見る険しい眼差しをその指先に注いでいる。柱になるまでに、数々の激戦を経験している筈だ、巷で暮らす同年代の女性と比べても沢山の我慢をしている甘露寺を前にして選択するべき言葉ではなかった。千寿郎が新しい包み紙で鶴を折っている、乾いた小さな音が静かな室内ではやけに大きく響く。

    「甘露寺。」
    「はい、師範。」
    「こうなってしまった俺が言うのは、滑稽かもしれないが。」
    「そんな…、師範は立派です。お怪我もなく、戻られているんだから。」
    「君の髪は美しい。切ってしまおうと思っているのなら、勝手ながら勿体ないと、思ってしまう程に。」
    「僕も、そう思います。」
     作り慣れているのだろう、兎に比べると随分と早く折り終えた鶴を一羽テーブルに並べ置いた千寿郎も大きく頷いている。色違いの包み紙を手に、もう一羽の制作を続ける眼差しは、兄を呼び止めた時よりも柔らかなものになっている。
    「夜の闇を駆ける君が、長い髪を携えている事は、他の隊士の希望になっている事だろう。」
     甘露寺、と名前を呼ぶ声に紙を畳む音が溶けて重なる。甘い砂糖菓子の匂いと、煎茶の渋い香りが混ざり合う温かな部屋の中で、千寿郎は経験をしたことのない宵闇の戦さ場に思いを馳せる。お茶会に色を添える、賑やかな二人が朝陽を望んで命を賭す戦さ場だ。
    「甘露寺、君は君のままでいてほしい。長い髪も、底抜けに優しいその心も、どうかそのままで。」
     それは、雪解けを促す陽射しのようにあたたかい声色なのに、至極残酷なことを言っていると思った。宵闇に少女の心を携えて飛び込む事は、並々ならぬ覚悟がいる事だろう。千寿郎は、色違いの二羽の折り鶴を並べて、小さな兎を挟む。
    「はい、師範。」
    「これからは同じ柱として、共に尽力しよう。」
    「はい、…はいっ!私、これからもいっぱい笑って、いっぱい食べて、自分らしく…私のままで頑張ります!」
     もう一度、固く結ばれた細指の拳に美しい雫が落ちる。朝露のように透き通った雫が一滴手の甲へ届くと、それを合図に堰を切ったように大粒の雨が落ちる。千寿郎の小さな手がしゃくり上げる甘露寺の背中を撫でて、羽織り越しでも伝わるその温もりを感じると泣き止むまではもう少し時間が必要だった。


    賑やかで、あたたかい、優しいお茶会は続く。
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