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    緊急時連絡先届けと猗窩煉
    ■現パロ、同棲

    #猗窩煉

    食事を終えると、食器洗いは恋人の担当。これは卒業を機に同棲を始めた恋人と、一緒に住み始めてから六日後に決まったルールだ。食事の準備は俺、食器の片付けは恋人、日々の掃除は分業だけれど、恋人は大雑把なところがあるのでこれから話し合いが必要だ。同棲を開始して間もなく一ヶ月目を迎えるというその日、水撥ねを嫌う割りに勢いよく流れる蛇口の水音に紛れて恋人の声が届く。流水の音に負けない、よく通る声だ。良く通る声なので、しっかりと聞こえたその問いかけに一瞬耳を疑った。
    「電話番号、教えてくれないか?」
    「は?」
    「君の連絡先、知らないから。」
     知らないなんてこと、あるんだろうか。真面目な顔をして何処か抜けている事の多い恋人だ、控え忘れていたとか、消してしまったとか、そういう事かもしれないと考えを巡らせる。巡らせた結果、確かに普段のやり取りはメッセージアプリしか使わない、個人の番号にコールしたことはなかったかもしれない。本当の本当に、知らないのだ。
     案の定、水飛沫で部屋着のシャツを濡らしている恋人が、俺が就職祝いに贈ったビジネスバックからクリアファイルを取り出して隣に腰を下ろす。ビジネスバックよりもエプロンを手配した方が良かったかもしれない。手に残った水滴を、何食わぬ顔をして俺のシャツの裾で拭うので、形式だけ咎めるように名前を呼ぶ。この部屋の外では、頼りがいがあるとか言われている恋人は存外こういう子供っぽい一面がある。
    「緊急時の連絡先、提出しろって言われてさ。」
     ファイルから取り出された紙ぺら一枚には、確かに緊急連絡先届と書いてある。緊急時連絡先の氏名、電話番号、勤め先の電話番号と、続柄を記す欄が設けられている。親兄弟、配偶者、親族。当たり前に列挙されている文字を何度も目で追う。
    「実家の連絡先で良いんじゃないか。」
    「それも考えたんだが…実家は少し離れているから、万が一呼び出されたりしたら君の方が早く動けるだろう?」
    「こういうの、家族とか書くのが無難だろう。」
     丸印で囲ってくださいと小さなフォントで記されている続柄をとんとんとん、と指先で叩く。公の提出物に、婚姻関係でもない人物の名前を書くこと、更にそれが同性のものであるということ。想像しただけで幾つものリスクが浮かんでは、重たくのしかかってきた。俺とお前だけのクローズドな関係になぜ外部から重しを科せられなくてはならないのか、俺には全く理解が出来ない。ただ愛していて、愛されているだけなのに。
    「猗窩座。」
     数秒の沈黙があったかもしれない。もしかしたらずっと、こうして黙っていたかもしれない。恋人が名前を呼ぶまで、頭の中で要らない言葉が溢れてきて沈黙に気がつかなかった。連絡先の記入用紙の上で止まっていた俺の手に、しっとりと水気の残った手の平が重ねられる。水仕事の後だというのに温かく、俺よりも躯体の分だけ少し大きな手の平だ。重ねられている左手は、未だ何の飾り気もない。
    「俺は、この身に何かあったとき、一番に君に知らせたいと思う。」
     右手に握られているネーム入りのペンは、就職祝いのお礼にと恋人が俺に贈ってくれたものと同じものだ。日々俺が使っているのを見て、自分も欲しくなったと揃いの物を手配したらしい。左手は重ね合わせたまま、器用にペンを滑らせる。
     続柄の欄に真っ直ぐに線を引っ張る。定規で引いたような美しい直線に、性格が真っ直ぐだと綺麗な線が引けるのかもしれないと月並みな感想を抱く。恋人の大胆な筆運びで「パートナー」と書き加えられた用紙に、11桁の連絡先を書く。
     愛しているから、愛されているから。それだけでいいと思った。
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