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    スイーツと猗窩煉
    ■現代パロディ、同棲

    #猗窩煉󠄁

    「おかえり。」と声をかけた同居人の手には、白くて小ぶりな紙箱がぶら下がっていた。
    「…ケーキ?」
    「エクレア。」
    「シュークリームの長いやつか。」
    「そんなところだ。」
     同居人の猗窩座は甘党である。…と、思う。本人の口から、甘いものに目がないと宣言があった訳ではないが、度々こうしてケーキやシュークリーム、チョコレート菓子なんかを買って帰って来るのだ。コンビニに立ち寄ったときも、気が付いたらロールケーキやらどら焼きやら、目に付いた甘い菓子を買っているような気がする。なのできっと、彼は甘党に違いない。
     本日のお持ち帰りスイーツはエクレア。シュークリームと同じようなものかと思っていたが、チョコ掛けのお菓子だったので少しだけ得をした気分になる。夕飯を済ませた後、ストロベリーとミルクチョコレートとそれぞれ異なる味を半分ずつ分け合って食べた。こんな夜が週に一度か二度ある。専門店で買ってきた菓子のときも、コンビニで買ってきた菓子のときも。新商品を見かける度に勝って帰っているんだろうか。共に暮らすまで彼が甘いものを好むことは知らなかった、猗窩座の意外な一面のひとつだ。

    *

     社外での打ち合わせの帰りがけ、店の外まで列を成している洋菓子店が目に入った。店前には花が幾つか並んでいて、最近開店したばかりであることが伺える。同行した後輩、甘露寺がその大きな瞳をきらきらと輝かせて真新しい店先と店外まで続く行列を見詰めていた。本日の功労者でもある直属の後輩に、労いを込めて寄り道を提案する。見開かれた瞳は宝石のようにきらきらと輝き、弾むような声で同僚とこの店のオープンを待ち望んでいたことやSNSで見たおすすめのメニューなどを聞き列が進むのを待った。

    *

    「ただいま。」
    「おかえり、杏寿郎。…なんだ、随分と大荷物だな。」
     横着をしてソファの背凭れに体を預けて、反り返って出迎えた猗窩座の視線は、顔よりも先に両手へ下げたラッピングバックに向けられた。クラフト紙の素材をそのまま生かしたラッピングは男一人で持ち歩くにも違和感を与えないシンプルな物であったが、改めて注目されると少しだけ気恥ずかしさを覚える。寛いでいる彼の隣に腰を下ろし、テーブルの上に二つの包みを並べ置く。
    「お土産。」
    「こんなにたくさん。」
    「こんなにたくさんだ。」
     未だ夢の中にでもいるかのように、ぼんやりとした顔でラッピングを眺めている。隣へ腰を下ろしてソファを沈めると、視線を一身に受けた化粧箱を開く。
     一つ目の箱の中にはフィナンシェやバウムクーヘン、焼きドーナツなどの焼き菓子の詰め合わせだ。ラッピングと同じく装飾がすくなく、その分均一な焼き目が美しい。二つ目の化粧箱の中はアイシングクッキーの詰め合わせだ。星や花、動物型のクッキーに、丁寧に絵が描かれている。今までの素朴さとは違い、淡い色合いながら華やかで賑やかなギフトボックスだ。
    「いつも君に貰いっぱなしなので、そのお礼に。」
    「……お礼?」
    「甘いもの、好きだろう?」
     そうか、と曖昧な返事をする猗窩座の反応に、彼の好みではなかっただろうかと、肝が冷える。ほんの少し指先の体温が奪われていく感覚を覚えた。思えば、猗窩座にこうして改まって贈り物をするのは初めてだった。俺は、彼の好みをほとんど知らない。

     夕飯を揃って食べ終えて一息吐く。どちらともなく食後のコーヒーを淹れる。コーヒーメーカーがことことと心地の良い音を立てながら香ばしい匂いを届けるものの、猗窩座ずっと焼き菓子の箱を覗いたまま動こうとしない。
    「食べないのか?」
    「食べる。」
    「…好みじゃないとか?」
    「そんなことはない。」
    「……甘いもの、好きだよな?」
    「いいや?」
     両手に持ったままのコーヒーカップを取りこぼしそうになるのを、寸でのところで堪える。週に二度も菓子箱を持って帰って来るというのに、甘いものは好きではない?度々、食えない男だとは思っていたものの、分かった気になっていた好みが否定されて眩暈がした。
    「いつもケーキを買ってくるから、甘党なのだとばかり。」
    「それは…。記念日は、ケーキで祝うものだろう。」
    「記念日…?」
     赤色のマグカップが猗窩座の手に渡る。二人で暮らし始めたとき、互いに食器を分けていたはずが気が付いたら垣根はなくなり、気が向いた食器を好きに使うようになっている。湯気がたつコーヒーを一口啜って、深呼吸をするようにゆっくりとその胸中の息を吐ききるのを待つ。
    「気分がいい日とか、出先で杏寿郎を思い出したとき…お前が喜びそうな菓子を買って帰っている。」
    「…はあ。」
    「つまらない一日だって、祝っていいだろう。」
    「記念日だから?」
    「そうだ。お前と暮らす毎日は、いつだって記念日だ。」
    「なるほど。」
     暴論とも言える猗窩座の記念日論は、言い出しっぺの彼のほうが先に照れ臭そうに眉を下げてその顔を赤くしていたので、可笑しくなって笑ってしまった。

     「せーの」で同時に指差した焼き菓子はプレーンのフィナンシェとチョコ掛けの焼きドーナツだったので、半分ずつを色違いの皿の上に乗せて今日という記念日を賑やかした。
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