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    梅雨入り前、六月の午後の山硲

    #山硲
    mountainWitch

     開けっぱなしの窓の向こうから、どこかの家の風鈴の音が風に乗ってリンリンと流れてくるのがカーテン越しに聞こえる。
     梅雨入り前の六月の土曜日、外は快晴、予想最高気温は二十七度。
     昼のニュース番組のお天気キャスターが、水分と塩分を十分に摂って熱中症に注意してくださいねと今日の天気を伝えていたのを思い出す。午後五時を過ぎてもまだ外は明るくて、時折入ってくる風が気持ち良い。
     今日は午前中の仕事が終わった後、事務所でばったり会ったはざまさんと一緒に昼飯を食べて、なんとなく流れでそのまま二人でうちに帰って来た。
     ひと息つくついでに淹れたコーヒーを飲みながら、俺は事務所で受け取ったファンレターや自分のインタビュー記事が載ってる今月号の音楽雑誌を確認して、はざまさんは月末から収録が始まるドラマの台本をページの端にメモ書きしながらじっくり読み込んでいた。
     帰宅直後から暫くテレビをつけていたけど、台本読みの邪魔になるかもと気付いた時にそっと消したので、部屋の中には音らしい音はない。アパートの裏を通る車とかバイクの音とか、スズメか何かの鳥の鳴き声が時々聞こえるくらいだ。
     もうちょっと涼しかったら縁側で美味しくお茶が飲めそうなのどかな午後だなぁなんて思った。うちに縁側なんてないけど。まあ、それくらい穏やかな初夏の夕方って感じだ。


     俺の方はとっくに一通りの確認が終わり、部屋の隅に積んだままになってた先週買った競馬雑誌の流し読みをしながら、はざまさんが区切りがいいとこまで終わったら声を掛けようとさり気なく様子を見てるけど、この人の集中力はなかなか切れないのでタイミングを計るのが難しい。真剣に台本を読むはざまさんの横顔はいつも通り綺麗だけど、目元にはちょっと疲れも滲んでる気がした。
     今読んでる台本のドラマの役は監督直々にはざまさんを指名したって聞いたから気合いも入ってるだろうし、あまり根を詰めすぎて無理しないといいんだけど……と少し前から気にはなっていた。だから、こうやって空き時間にはざまさんとゆっくり一緒に居られると間近で様子も伺えるし、信頼されてるんだなって少し自惚れもする。欲を言えば、こういう時にはもっと俺に甘えてくれてもいいのにとも思うけど、照れくさいからさすがにそこまでは言えない。だから逆に俺がはざまさんに甘えて緊張の糸を強制的に切ってオフモードになってもらう事が、たまにある。
    「なんか、夕方になっても暑いし冷たくて喉ごし良いもん食べたいですねぇ」
    「む……もう夕飯の時間か? すまない、時計を見ていなかった」
    「はは、全然いいんですよ。昼メシあんまり食べなかったせいで、俺がちょっと早く腹減ってきちゃっただけですから」
    「いや、私こそ集中し過ぎた。外は明るいが五時半か。確かにまだ気温が高いようだ。予報通りの夏日だな」
    「ね。梅雨もまだなのに暑いよねぇ。だから夜は冷やしうどんにしようかなって。冷蔵庫に水でほぐすだけのゆでうどんのストックあるんで。たしか海苔とネギもまだあったはずだし。はざまさんもうどんでいい?」
     さっきはざまさんの明日のスケジュールを確認したけど、早朝からの仕事は入ってなかった。急ぎの用事が無ければこの後も時間に余裕はあるはずで。これで、いや夕食時ならそろそろ暇を……なんて言い出したら、もう一段階甘えてみるつもりだ。
    「ああ。私もいただいて良いだろうか」
     正直なところ五分五分くらいの賭けだったけど、はざまさんの返事にほっとした。
    「もちろんですよ。……あ、るいから連絡だ。あいつも夕飯これからみたいですね。丁度いいからなんかうどんの具買ってきてもらいましょうか」
    「舞田くんも仕事が終わったのだな。気をつけて帰って来るようにと伝えてくれ」
    「はいはーい。あと二十分くらいで着くから待っててねミスター!……だそうですよ」
    「ふっ、一気に賑やかになるな」
    「ですねぇ。ま、昼間十分まったりしたし、夕飯は三人で賑やかなくらいがバランスとれてちょうど良いんじゃないですかね」
    「そうだな。ありがとう、山下くん」
    「いやいや、どーいたしまして。三人で飯食ってまた明日から頑張りましょうね」
     特別なことは何もしてないけど、ただ一緒にいられる時間も大切だなぁ、なんて柄にもないこと考えちゃうのもはざまさんがいてくれるからですよ……とは、恥ずかしすぎて声には出せなかった。
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    10ri29tabetai

    DONE山硲 / sideM 付き合ってない泊まっていけば、と雑に言い捨てたら、数秒の間があった。そのつもりだったが、と妙に淡々と言われてみれば、ひどく自分が期待していることに気付く。
    3人でいることばかりに慣れてしまったこのこたつで、硲と足を寄せ合っているのはいささか居心地が悪かった。否、悪いと言うのは語弊がある。どちらかと言うと、緊張している、の方が近いだろう。
    二人の関係を紐解けば、それはアイドルとして活動する前にまで遡る。その頃にはこういう種類の緊張することもなかったはずだ。むしろ、目を合わせるのも少し怖かった時だってあったと言うのに。
    「はざまさん、るいは今日仕事だったっけ」
    「そのあと打ち上げと言っていたが…む、なんだ、舞田君はこの後くるのか?」 
    硲の問いかけに対して山下はふるふると首を横に振る。だろう、と自分の予想を安心した硲は眼鏡のブリッジを直した。
    緊張感が再び走る。こたつの中で触れた足先。生ぬるくなった彼の足をなぞるように足の指を動かすと、ゆっくりと逃げられる。
    「すまない。当たってしまったな」
    「……や、そういうわけじゃ」
    追うように山下は足を伸ばした。まどろっこしいのは伝わらない。酒に伸びた硲の指を掴み 760