イケない職員室【オル相】 集中して本を読んでいる俊典さんはなにやら難しい顔をしていた。また変な哲学書でも買って来たのかとサイドテーブルに積まれた山を遠目に見たが、どう見ても漫画に見える。
「……珍しいですね、漫画も読むんですか?」
近付いてカフェオレを入れたマグカップを差し出すと、礼を言いながらも紙面から顔を上げる様子がない。そんなに面白いのかと山の一番上に手を伸ばし、俺はぴたりと手を止めた。
これは俺の知ってる漫画じゃない。
「少女漫画ですか?買って来たんですか、ご自分で?」
「いや。ミッドナイトくんが貸してくれたんだ」
本の出所を確認して納得する。細い線で描かれた、俺には馴染みのない絵柄の表紙の中でタイトルを探す。
「イケない職員室……?」
声に出して違和感が確信に変わる。
タイトルおかしくないか?
「県内有数の進学校で教鞭を取る浅川恭太はこの春から一年の担任に。ところが副担任として新しくやって来たのは、以前浅川が憧れた大学教授十和田貴明だった。年上の後輩の天然ぶりに振り回されながらも浅川は次第に過去の憧れもあり十和田に惹かれてゆき……十和田に冷たい態度を取ってしまった浅川は素直に謝罪できないまま。仕込まれた火照る体を持て余した浅川はとんでもない行動に──?!学園は今日も職員室だけ春の嵐!生徒置いてきぼりのある意味オフィスラブの決定版!重版御礼第四巻!なんですかこれ」
「えっ?えっと、BLってやつ」
「なんであんたがこんなもん読んでるんです」
「面白いよって言われたから」
「面白いわけねえだろ!!」
「ええ?でも、君とのことに役立ちそうなことがたくさん描いてあるよ」
嫌な予感がしてページを適当に捲る。一冊の半分くらいが濡れ場だった。肝心なところは全部小物やアングルでぼかしてあるが、おっさんと青年が惚れた腫れたを言い合いながらがっぷり四つで組み合っている。
「こういうのは全部フィクションです!真に受けないでください」
「そうなの?」
「こんな華奢ですね毛のひとつも生えてない男なんかいませんよ。ズッコンバッコンやりまくってますが洗浄の面倒臭さもケツ毛に悩んでる描写もないでしょう?」
「相澤くんケツ毛に悩んでたの?」
「俺のことはどうでもいいんです」
「君のお尻綺麗なのってどう処理したの?どこか病院で?君のそのえっちなお尻の穴、丁寧に広げて他の誰かが見たの?触ったの?」
話が危険な方向に逸れたので俺は漫画を閉じて山に返した。
「とにかく。お勉強はいいですがフィクションを現実に持ち込まないでくださいよ。漫画で見たプレイやりたいとか言い出したら怒りますからね」
「怒っても無理のない範囲なら頼み込めばやってくれるから君は優しいよね」
「愛に胡座掻いてんじゃねえですよ」
「ふふ。やりたいプレイ探しとくね」
俊典さんはカフェオレをちびちびと飲みながらまた読書に勤しみ始め、俺はそこに積まれたミッドナイトさんの企みをまだ読み切れていない。
ということがあったのをすっかり忘れていた。
平和になってからというもの、俊典さんは俺との性生活の向上に余念が無く、ありとあらゆるプレイを試したがって仕方がない。だが全部を受け入れるつもりもなく、適度な刺激としてマンネリ打破程度に適当にあしらって気持ち良さを共有していた俺に今日はこれね!と俊典さんが差し出して来たのはバニーのコスチュームだった。
コスプレは初めてではなかったので、なんでこれなんですか?と聞いたのが運の尽き。
目を輝かせて俊典さんがこれ!と差し出して来たのは数年前に一度見かけたきり存在を忘れていた『イケない職員室 十五巻』だった。
「続いてたんですかコレ」
帯には人物紹介の絵と共に十和田(攻め)五十八歳・浅川(受け)三十三歳と書かれた説明文がハートで包まれている。漫画に詳しくない俺にはこんなおっさんの歳の差BL、人気が出るとは思えないのだがそこに最新十五巻は間違いなく存在していた。
「そう。十和田先生と浅川くんはバニーの格好でいかがわしいクラブに潜入することになってそこでみんなに見られながらショウセックスすることになるんだけど」
「……学園ものじゃなかったんです?」
「ああ、スパイ養成学校の話なんだよ」
なんでもありすぎるだろ。四巻には県内有数の進学校って書いてたじゃねえか。
「でねでね、見られながらえっちして気持ち良くなっちゃった浅川くんと十和田先生が一緒にいっちゃうシーンがすごく良くて……だから他の人に見られるのは設定だけにしておいて、私も相澤くんとバニーコスエッチして一緒にいきたいなあって」
「全くわかりませんが取り敢えず、ミッドナイトさんの墓に新刊供えて来た方いいんじゃないですかね」
「そうだね、次のお墓参りの時に全部持って行くよ」
元からするつもりだったので準備は既に整っている。用意されたバニーの衣装にさっさと着替えて同じくバニーコスの俊典さんが戻ってくるのを待つだけだ。
手持ち無沙汰の俺は、流石のミッドナイトでもこの未来は予見できなかったはずだよなと思いながら予習のために十五巻を読むことにした。