「 で?なんでそのメンタリストサマがこんなとこに流されて来やがった?首都圏中心に大津波でも来たか? 」
「 物騒なこと言わないでよ、縁起でもない!」
「 じゃあ何だよ?」
さして興味もなさそうに訊き返されて、言葉に詰まった。あまりにも荒唐無稽すぎて、説明できる気がしない。
「 ……千空ちゃん、笑わない?頭おかしいとか言わないって約束してくれる? 」
「 おう、こっちは情報はいくらあっても足りねぇくらいだ。笑わねぇからサクサク話せ 」
促されて、いつになく重い唇を持ち上げる。
「 ……オバケに、引きずり込まれたの 」
「 ……………………はぁ?」
流石に予想外だったのか。何とも言えない顔で千空はそう聞き返した。
「ほらぁ〜!やっぱりそうなるでしょ!俺だってわけわかんないもん!でもそうなんだもん!」
想定通りのリアクションに、半ギレ状態になってしまう。千空はひとつ、ため息をついて。
「違げーよ、こっちじゃバケモンなんて珍しかねーわ。……詳しく話せ。じゃねぇと状況がわかんねぇだろうが 」
メンタリストがメンタルぐちゃぐちゃにしてんじゃねーぞ。
呆れたように言われて、返す言葉もない。
状況を一から説明すると、千空は急に難しい顔になった。
「 ……そういうパターンは聞いたことがねぇ。大体、こっちに流されてくるのは事故や大きな災害が原因だ。
この辺りには妖魔や妖獣ってバケモンも出るが、通常特定の人間を狙うような知能はねぇ。第一、アイツらは虚海を渡れねぇ 」
「 きょかい? 」
「 この世界と、俺たちのいた世界を隔てる海だ。……まあ、この状況は現代風にわかりやすく言えば、異世界転生かパラレルワールドってヤツだな 」
「 えっ⁉︎ いきなりラノベ⁉︎ 」
「 厳密に言えば法則も再現性もあるが、概ねその理解で問題ねぇ。……問題は、帰る方法がねぇってことだけだ。海っつってもいつでもあっちの世界と行き来できるような便利なシロモノじゃねぇ。基本は一方通行だ。
特殊な例外を除き、向こうに戻るルートは閉じてる 」
想定を遥かに超えた現状に、頭が追いつかない。
「 ……えっ、でもちょっと待って。嵐で流されてきたんなら同じ規模の嵐が来れば帰れるんじゃ? 」
期待を込めた問いかけは、しかし即座に一刀両断された。
「 そう簡単でもねー。必ず繋がるわけじゃねぇし、空間が捩れてるせいで繋がったとしてもどこに飛ばされるかわからねぇ。こればっかりは、トライ&エラーっつうわけにもいかねぇからな 」
偶然や可能性だけではどうにもならない。情報を集め、整合して必然を手繰らなければならないが、基本的に一方通行であるため、行って戻ってきた人間に話を聞くことが出来ない。必然でない以上、まずは足元から固めなければならなかった。
幸いにも、ここには居住可能な建物と幾分かの資源、設備があったため、千空はこれまでそれをやりくりして暮らしてきたらしい。
「 帰る方法探すにも、まずは周りの環境を整えるとっからだ。最終的に帰れないとしても、環境の最適化はしといて損はないからな。だから俺はここに科学の拠点を作って、
最終的には科学王国を立ち上げる 」
ゴイスーなこと考える子だなー……と、話の壮大さににポカンと口を開けてしまう。
「 ……国作るっつーことなら、運良く麒麟に選ばれりゃ王になれるから手っ取り早ぇが、今の時点じゃ現実的じゃねぇからな 」
ため息と共に吐き出された言葉に、ゲンは小首を傾げた。
「きりん?あの動物園の首の長いやつ?懐かれた人が王様ってこと?」
あの首長のおっとりした生き物が王様を選ぶ様子を想像すると、何ともファンシーだ。
その思考を読んだように、千空がバッサリ切り捨てに来る。
「ちげーよ。ジラフじゃなくて、ホラ、テメーも見たことあんだろ?ビールのラベルのアレだ。」
言われて、某大手酒造メーカーのエンブレムを連想する。……ああ、あれか。
確か中国の神獣だったはずだが、詳しいことは知らない。
「 麒麟は天帝……まあいわゆる神様の意図を汲んでその国の王を選ぶ神獣だ。雄が麒、雌が麟。この世界には十二の国があって、それぞれ十二対の王と麒麟がそれを治めてる。
ここは一見ファンタジーな世界だがしっかり法則性と再現性がある。
ルールがあるなら、まあ基本は科学でどうとでもなるが、神が決めた王を麒麟が選ぶってとこと、王が不在だと国が荒れて魔物が出るってとこは科学じゃ正直お手上げだ。
だからそのシステムを最大限活用するには王になる必要がある。けど生憎、今はこの国には王を選べる麒麟がいねぇ。……二〇年近く前に起きた蝕──ああ、蝕ってのは超巨大台風みてーな大災害な。それで一時的に俺たちがいた現代世界……こっちじゃ蓬萊って呼ばれてんだが、そこと空間が繋がって、たまに俺らみたいに巻き込まれて流される奴らがいんだよ。──で、当代の麒麟サマはそれに流されて、未だに行方がわからねぇ。
死んでりゃ次の麒麟が生まれて王を選べるが、その気配がねぇ以上、どっかで生きてはいるらしい。
繋ぎで先代の重臣がどうにか国体を保っちゃいるが、どうにも非効率的な話じゃねぇか。
戻らねぇなら戻らねぇで、さっさと次を派遣すりゃ国もここまで荒れねぇのにな。」
滔々と流れるような説明に、息を呑む。
明らかに俺より年下なのに、この子ジーマーでゴイスーじゃないの……。
すっかり圧倒されてしまい、気がついたら、協力を申し出ていた。
「 じゃあさ、助けてもらったお礼に俺も手伝うよ!」
「 おう、おありがてぇこった。……それでなきゃ助けた意味がねぇ。しっかり働いてもらうぜ 」
そう言って、ニヤリ不敵に笑う千空。
しかし、その後に想像を絶する過酷な作業が待ち受けていることなど、この時のゲンは知る由もなかった。