隆国主従を見送って、二人は内殿に戻った。嵐のような王だったが、おかげで様々な問題が解消したことについては本当に感謝している。
そして。
彼にはもうひとつ、解決すべき問題が残っていた。
「 ……千空ちゃん、気づいてたんだね」
そう切り出すと、千空は怪訝な顔をした。
「 あ"ぁ?……何の話だ?」
つか、どれの話だ?と問い返されて。
全部知ってたみたい、と言う羽京の言葉を思い出した。答えに迷っていると、今度は千空の側から口を開く。
「 テメーが麒麟だってことなら蓬山で言った通りだ。俺が王らしいってことなら、…… 」
そこで一旦言葉を切って、手招きをして来た。とことことそばに行くと、おおきな手であたまを撫でられた。
ひんやりして、でも伝わる温度が心地良くて。ねこのように、思わず頬をすり寄せた。
「 ……コレでわかった。麒麟がツノ触らせんのは王に対してだけだからな 」
ただ、最初の時は発熱していたし、まだ人間のカラが剥がれていなかった。
……だから何度か検証したんだよ。
検証。では、そのあとことあるごと、頭を撫でて慰めてくれたあれはまさか。
「 えっひょっとして蓬山でのアレも検証 ⁉︎ 」
「 おう」
千空が王ではないと思い、泣き出してしまったあの時のあれもそれも、検証……。
「 ドイヒー!千空ちゃん優しいって俺ちょっと感動してたのに!千空ちゃんらしいけど!らしすぎるけども!」
しかも、検証していたと言うことは、あの時点で千空には天意がわかっていたわけで。
それは検証と効率を重視していると言ってもあんまりではないのか。
抗議に、千空は面倒臭そうに髪を掻き上げた。
「 検証は出来てもテメーが選ばなきゃ王にはなれねーんだよ。……無理強いなんざ出来ねぇだろうが 」
最後は、少し小声で。バツが悪そうにそう答える。
それは麒麟の側から選定されなければ王になれないと、それだけの意味だったかもしれないけれど。……彼の誠実さの現れのようで、あんなに怒ったあとなのに、ああ、好きだと思ってしまう。
そこで、ふと気づいた。
麒麟は天意の器。天の意向に沿ってふさわしい王を選ぶ。
では、この感情は。好意は。思慕は。寂寥は。すべて、良き王を選ぶためにプログラムされたものなのか。あんなに悩んだのも、別離の苦しみに苛まれたのも、すべて?
それは恐ろしい考えだった。
否定することができない。彼は麒麟で、神のシステムの一部で。感情が、どちらに起因しているものか証明する術がない。
あれだけ悩んで苦しんで決めたのに、そこに自分の意思など介在していないのだとしたら、浅霧幻という、この人間は文字通りの幻のようなものではないか。
目の前で剥がれ落ちていく表情を怪訝に思ったのか、千空の手が肩を掴んだ。
まるで、崩れ落ちようとする像を、堰き止めるように。
「 ……俺って、なんなのかなあ」
麒麟なら、彼の望みを叶えられると思った。望み通り彼を王にすることができた。結果だけ見れば、目的は順調に果たされている。
天啓があったなら、罰を被ることもない。何の問題もないはずだ。
なのに……問題が解決した途端、今度は麒麟なんかじゃなければよかった、なんて。
非合理的だ。めちゃくちゃだ。破綻している。
……ああ、そうか。
俺は、やっぱり千空ちゃんが好きなんだ。
だから、それが作られた感情だと思いたくないんだ。
あまりに支離滅裂な思考に、頭がショートしたのか。ぼろぼろと涙が溢れてくる。
千空は言葉を選ぶように、何度も飲み下して、そしてもう一度、強く肩を掴んだ。
「 ……テメーが何そんなにゴチャゴチャ悩んでるのかは知らねぇ。興味もねぇ。
だが、テメーが麒麟で、俺を選んでくれたおかげで、アホほど効率的に科学王国が作れる。おありがてぇこった。
だがな、天啓の有無なんて関係ねぇ。知ったこっちゃねぇ。
……俺は、テメーと契約したんだ。顔も見えねぇ天帝サマとしたわけじゃねぇんだよ」
真っ直ぐ見つめてくる、深い深い、柘榴色の瞳。さながら、道を……未知を照らす篝火のような。
そこで一拍置いて、千空は言葉を継いだ。
「 ……何回言わせんだ。俺はテメーに、ちゃんと聴いて、よく考えて、テメーの意思で決めろって言った。テメーはそれで、俺を選んだ。
……いいか?テメーの意思でだ。天帝サマじゃねぇ。第一あの時、テメーは俺に天啓がねぇって思ってただろうが。
ブレてんじゃねぇぞ」
その言葉に、ハッとした。
そうだ、彼は何度も確認してくれていた。
自分の意思で選べと言ってくれた。
だから、地獄に落ちてもいいから一緒にいたいと、自分で選んだのだ。
「 ……もしこれが間違いで、死後地獄に落ちるとか言うんなら、安心しまくれ。
きっちり俺も付き合ってやる 」
あ、拒否権は無しな。
すべてを見通したようにそう言って、彼は皮肉げに唇を歪めた。
「 ……つっても、まずは国の復興、科学王国の建国にあたってこれからまだまだやることは山積みだ。んな非合理的な悩みは後にしろ。
この状況で不老不死とかおありがたすぎんだろ。人類二百万年分、科学の粋を尽くしてやんぜ。……俺が道を踏み外しさえしなきゃ、時間はいくらでもあんだろ 」
言葉と同時に、くしゃりとあたまを撫でて。
「 ……テメーの王様を、せいぜいしっかり見張っとけよ、メンタリスト?」
ククク、と不敵に笑った。
「 そゆこと、言っちゃう?……うん、でもそっか千空ちゃんと不老不死で科学王国建国ってさ……唆るね?」
すっかり憑物が落ちたかのような晴れやかな気持ちで、そう切り返す。
二人は一瞬顔を見合わせて、それから互いにくすくすと笑い始めた。
……この国に永く続いた冬が、ようやく明けようとしていた。