「期間いっぱいは興行手伝う約束で来てるから、次の中日まではこっちにいる。
なんか愚痴りたくなったら来りゃいい。」
やさしい言葉に、胸を抉られる。慰めてもらっていい立場でもないのに。
約束を守れなかったのに。
それでも会いたくて、時間が許す限り千空に会いに行った。
彼の様子に、女仙たちも今回の昇山者の中に王はいなかったのだと判断したようで、断りさえ入れておけば咎められることはなかった。
中日が近づき、興行もまもなく店仕舞いとなる。名残を惜しむゲンに、千空はいつもどおり、シニカルな笑みを浮かべた。
「まあ、器じゃなかったってんなら仕方ねぇわ。これまで通りコツコツやってくだけだ。テメーが新しい王を選んで戻ってきたら、せいぜいお抱え学者にでも登用してくれや。期待してんぞ」
何の遺恨もなくそう言われて、今度こそお別れなのだと苦いものがこみ上げる。
彼を王にするためだけにここに来たのに、他に誰を選べと言うのか。
彼が王でなくても、その夢に力を貸したいと思った。割り切ったはずだった。
…………嘘だ。
割り切れてなんかいない。自分をすら騙せてなんかいない。他の王様なんて選びたくない。
そんな気持ちが、思いがけず表情に出ていたのか、千空はやれやれと言うようにため息をつく。
「そんな顔すんなよ。……つか、んなツラするくらいならな……」
そこで一度言葉を切って。バツが悪そうにぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「あ"〜〜〜…………いいか、こんなダセェこと、一回しか言わねぇぞ。よく聞いて、ちゃんと考えて、テメーが自分で決めろ。いいな?」
彼は何を言おうとしているのだろう。戸惑っていると、ずい、と指を突きつけてきた。
「いいな?」
重ねて念を押されて、こくこくと頷く。
そして、意を決したように。
「……俺を王に選べ、ゲン」
たったひと言。静かにそう告げた。
真剣な目で見つめられて、その場に縫い止められたように動けなくなった。
深い深い、深淵の果てまで見渡すような柘榴色の目に呑み込まれそうになる。
依然として、彼を王だと告げる声は聞こえない。でも。
それでも、俺の王様は……。
貼りついたようになっている足を、地面から無理やり引き剥がす。
「……御前を離れず、詔命に背かず」
ああ、これって俺、神様に逆らってるってことなのかな。地獄落ち確定かな。
「忠誠を誓うと、…………誓約します、我が王」
でもいい。地獄落ちでもいい。だって一緒にいられないだけでこんなに苦しい。
誓言を終えて、厳かに彼の足元に額づく。
どうか、天罰があるなら嘘吐きの俺だけにしてほしい。……あれ?でも、天帝が選んだ正式な王様以外が即位するのは、偽王って、王様も国もバイヤーなことになるんじゃなかったっけ……?
「ちょ待!千空ちゃん今の……!」
知ってか知らずか、皆まで言わせず。
「許す!」
作法に則り、誓言は速やかに新たな王に承認された。
茫然とする自らの宰輔に、ククク、と人の悪い笑みを向けて。
「だからよく聞いて、ちゃんと考えてテメーが決めろって言ったろうが。今更やっぱナシでとか誰が聞くか言ったもん勝ちだ、ばぁ───か」
最後の馬鹿をこれでもかと強調されて、穴があったら入りたい気分になる。
「まあ、ともあれこれで俺は名実とも、あの国の王だ。地位やら名誉やらに興味はねぇが、科学王国作るにはその方が都合がいい。
さっさと即位済ませて国復興させてマンパワーゲットすんぞ。これで科学王国本格始動だ!……唆るじゃねーか。もちろんテメーにも手伝ってもらうから、覚悟しとけよ」
「ドイヒー!やっぱそうなんのね!」
これからの地獄の作業量を考えると気が遠くなりそうだし、……第一、彼を偽王として立ててしまった可能性を考えると、気鬱は晴れそうもなかったけれど。
それでもやっぱり。
これからの展望を語る彼の表情に、声に、どうしようもなく惹かれてしまう。
彼の望みを叶えたいと思ってしまう。
だから。
選んだこと自体を後悔はしていない。
ただ、その選択により王や国が災いを被る可能性があるのであれば、それは選択した自らにのみ与えられるよう。
即位の儀に際し天帝に願ってみよう。
そして、自らの王が道を誤らぬよう、細心の注意を払って臨まなければならない。
それが、天意に背いた自分自身の責任なのだと、胸に刻んだ。
……大丈夫。俺は、嘘つきのプロなんだから。神様だって、やり過ごしてみせる。