「 ……オイ、こらゲン、テメーちゃんと寝てるんだろうな?」
ある日、ふいにそんなふうに呼び止められた。……作り慣れた表情の筈なのに、何処か綻びが出ていたのだろうか。
内心の焦りを笑顔でコーティングして、勿論、と応えを返す。
「 ここんとこ忙しくって、ちゃんと寝れてないの、むしろ千空ちゃんの方でしょ?……すごいクマ。あとの事は俺が処理しとくから、少し休んだら?」
「 あ"ぁ、おありがてぇな。んじゃ、ちぃっと休ませてもらうわ 」
言葉と共に玉座からすくっと立ち上がり、……何故か寝所ではなくこちらに歩いてきた。無造作に腕を掴み、そのままずるずるとゲンを引きずっていく。
「 冢宰!……あ"ぁ、黒曜、俺は台輔と少し休む。その間、水路の修繕計画の書類の取りまとめを頼む。あと先延ばしになってる即位の祭礼についてはあまり予算は割けねぇ。春官長と話を詰めたら報告くれ 」
色の薄い長い髪に、黒い髭を蓄えた厳めしい風態の男は、頷くと手早く執務に移行した。
「 千空ちゃん ⁉︎ えっちょ、俺は平気だってば!どうしちゃったの ⁉︎ 」
引きずられて着いた先は、王の寝所。
休養を勧めた筈の自分が何故連行されているのか。
「 テメー、ここんとこの自分の顔色見てねーのか。……地下工作や城内の奴らのメンタルケアはテメーの領域だ、咎めやしねぇ。何やってんのか、いちいち報告の必要もねぇ。どうせ訊いても答えやしねぇんだろ。
とりあえず、最低限ちゃんと食って寝ろ」
「 えぇっと………ひょっとして千空ちゃん、怒ってる? 」
おずおずと尋ねると、ぴくり眉根が顰められた。
「 流石、冴えてるじゃねーか……メンタリスト 」
目が笑っていない。怖い怖い怖い。
「 いやでも、ちゃんと寝てるし大丈夫だよ、ジーマーで 」
笑顔で返すと、千空は寝台にどっかり腰を下ろして、彼を手招きした。
……ああ〜、ダメかあ。これはこっぴどく怒られるフラグだよねぇ。
諦めて、手招きされるまま千空の側まで行く。下から睨めあげてくる柘榴色に、息を呑んだ。
「 ……即位からこっち、何を考えてやがるのか、言う気はねぇか 」
何を考えて……憂えているのか。
そんなことは言えるはずもなかった。
どうしても離れたくなくて契約を結んだ。貴方は天意を受けた王ではないかもしれない。
などと。
自らの宰輔の頑なさに、ひとつ息をついて。
千空は説得を諦めたようだった。
「 ……そういや、いちいち報告の必要はねぇって話だったな。ああ、今確かにそう言ったわ。じゃあまあ、ひとまず」
ふいに強い力で引かれて、寝台に倒れ込む。
そのままがっちりと抱き込まれて、身動きが取れなくなった。
「 寝んぞ。テメーは湯たんぽ代わりだ 」
腕の中でわたわたと狼狽えるゲンを、しっかり抱え直して。
ぽんぽん、と背を叩く。
伝わる体温のやさしさに、だんだん瞼が重たくなってきた。……きもちいい。
そういえば、こうして暖かい布団で眠るのはいつぶりだったろう。
眠っている間に、何か不具合が生じはしないか。不和が生まれてはいないか。
王の治世を妨げる要因が発生してはいないか。民は満たされているか。諸官の隅々まで王の意向はきちんと伝わっているか。
そんなことばかりが気になって。
目を閉じることが怖かった。
けれど、今だけは。
……じわり伝わる温度に融けるように、ゲンは意識を手放した。