夏至が来て、事前に聞いていた通り、大勢の人間たちが昇山してきた。
こんなに沢山の人を見るのは、こちらに来てから初めてかもしれない。
いつもより豪華な衣を着せられて、進香の女仙たちに連れられて、普段とは違う離宮──甫渡宮に通される。ここが、いわゆる謁見の間のようなものなのだろう。
じっとしていても退屈なので、許可を得て散策してみることにした。いつも閑散としている区画には集落がひとつふたつ出来ており、露店なども軒を連ねている。
女仙たちから含まされていたことは三つ。
王気を感じたら……つまりお告げがあったら女仙たちに知らせること。
王がいたら、古来からのしきたり通り礼を。
御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約し、叩頭礼をする。
王がそれを受け入れ、許す、と答えればその者が王になる。
王でなければ、今は夏至であるので秋分……中日までご無事で、と伝える。
露店を眺めながら、ぼんやりと。流石にわたあめやラーメンはないよね。
そんなことを考えて、自嘲してしまった。
そんなものをこの世界で作れる人なんて、自分はたった一人しか知らない。
「会いたいなあ……。」
なにげなくそうつぶやいた瞬間、鼻腔を甘い匂いがくすぐった。
目の前には、白くてふわふわした雲のような塊が差し出されている。
反射的に口に含むと、甘さが解けるようにして口の中に広がった。
「 えっ?わたあめ???なんでわたあめ????ここ蓬山だよね???」
混乱していると、ククク、と聞き慣れた笑い声が聞こえた。
「 まがりなりにも蓬山公が、いきなり差し出された菓子食うとか無用心が過ぎんだろ。腹減ってんのか?
でもまあ、元気そうで安心したわ。」
不遜にも聞こえる声に、周りが気色ばむ。それを制して、声の主に向き直った。
「 えっ本物 ⁉︎ なんで千空ちゃんがこんなとこにいんの???わかんないわかんないなんで ⁉ ︎だってここ蓬山だよ ⁉ ︎ミジンコ体力の千空ちゃんがどうやってここまで昇ってきたの ⁉︎ て言うか今サラッと俺のこと蓬山公って呼んだ ⁉︎ えっなんで ⁉︎ 」
矢継ぎ早な質問の嵐に、千空はめんどくさそうに髪を掻き上げる。
「落ち着け。質問多いわ。行商の連中にわたあめ機と引き換えに便乗させてもらったんだよ。なにしろやっと麒麟サマがお戻りだって話じゃねーか。マンパワー一気に獲得出来る機会を見逃す手はねぇわな。
で、テメーがいなくなった直後に国の全土に麒麟旗が揚がった。麒麟サマがお山に帰ったお知らせってやつだ。こんなんバカでもわかるわ百億%その結論しかねぇだろ。」
ニヤリと悪い顔。ああ、いつもの千空ちゃんだとなんだか安心してしまう。
そうだ、天啓。
なにかお告げみたいなのがあるはず。
それがあれば、ここに来た目的を達成できる。千空ちゃんを王にできる。
けれど、待てど暮らせど、それらしい兆候は何もなかった。
再会に浮き立つ気持ちは、重い絶望に変わった。どうして。どうして。どうして。
繰り返しても尽きぬ疑問が、はたり目の縁からこぼれた。
それですべてを悟ったように、そうか、と言って骨張った大きな手で頭を撫でてくれる。
………………かえりたい。
ちいさくこぼした言葉は、誰の耳にも届かず、濡れた地面にとけてきえた。