JUST FALL IN LOVE① ……恋は落ちるもの、なんてよく言うけれど、そんなの創作の中だけのことで。
本当にそうだなんて思わなかった。
君に、出会うまでは。
親同士が決めた許婚との顔合わせの席で、手持ち無沙汰にカードをいじっていたら。
突然。
君が視界に飛び込んできた。
「 おいテメー今のどうやりやがった!?」
それは初歩的なカード消失マジックだったけれど、よほど彼の興味を引いたらしく。
好奇心に、きらきらとおおきなあかい瞳を輝かせて彼はずい、とこちらに詰め寄った。すべてを暴こうとするようなその視線から、目が離せなくて。
どくん、と大きく響いた鼓動とともに、時間が止まる。
この顔は知っている。事前に母から渡された写真にあった顔だ。けれど、写真ではもっと無表情で。こんな。
こんな、きらきらしたおとこのこだなんて思わなかった。
「 え、えっと……君が、干空ちゃん?」
ようやく紡いだことばは、ひどく不恰好で。
どこか探るような口調になってしまう。
けれど、そんなことはお構いなしに、彼はぐいぐいと距離を詰めてきた。
「 手品か?もう一回やれ、解明してやる 」
「 え、ええ…ばいやー…いきなりグイグイ来るじゃん…… 」
あまりの勢いに、少しばかりたじろいでしまって。でも。
自分の手品を見て、こんなふうに興味を示してくれるひとは、今まで周りにいなかったから。なんだかひどくうれしかったのを覚えている。
「 よーく見ててよ?1、2、………… 」
今回使ったのは、バックパームというカードマジックの基本的な技だ。
まず、一枚のカードを右手に持ち、観客に見せる。タネも仕掛けもございません、というアピールだ。
この時、カードの右下コーナーを右手の親指と人差し指の第二関節で挟むようにして持つ。それから右手の親指を引きつけて、他の指を軽く握るように丸めながら、右手の小指をカードの左下コーナーに伸ばす。
右手の小指をカードの左下コーナーに当てたまま曲げることで、左下コーナーを薬指との間に挟み込めば、準備は完了。
次に、右下コーナーは親指で押さえた状態のまま、人差し指をカードの前側に出し、右下コーナーを人差し指と中指の間に挟む。
親指と人差し指を入れ替えるイメージだ。
この状態でカードを挟んだまま指を伸ばしていくと、カードを手の甲に隠すことができる。隠したカードを突然出現させたい時は、この逆の手順をなぞれば簡単に消失と出現を繰り返せる。これを可能な限りスムーズな動きで素早く行うことで、観客からはカードが一瞬で消えたり現れたりしているように見えるのだ。
千空はタネを探ろうとするように、じっと手元を凝視している。
「 ……おい、もう一回見せろ。もうちぃっとで、テメーの動きに目が慣れる」
負けず嫌いな言葉に、知らず笑みが溢れる。
「 そんなこと言われて、マジシャンがあっさり手札を見せるわけないじゃん。……負けないよ?」
タネが知りたくてワクワクしている観客と、タネを知られないように視線を掻い潜る手品師と。取り立てて大掛かりなトリックなど何もなかったけれど、ふたりきりのささやかなマジックショーが、とても楽しかった。
「 テメー、スゲーな!百億万点やるよ!」
その独特の褒め言葉と、キラキラの笑顔が、たからもののようだった。
やがて、親同士の話が終わって。
互いに挨拶を交わして別れた時には、もう彼のことが好きだった。
恋というのは、こんな突然に、こんな簡単に。……まさしく、落ちてしまうものなのだと、この時知った。
だけど、同時に。
この恋が決して叶わないものだろうということも、すでに知っていた。
なぜなら、この縁談を決めたのはそもそも、今は亡き千空の実父で。
そのあとを引き継いだ、千空の育ての親である叔父の百夜は、この縁談と、そしてあくまで財産目的で縁談を推し進めようとする母をよく思っていない。
宇宙開発、理工学部門で躍進中の石神財閥と、旧華族の血を引く由緒正しい名家、浅霧家。母は前当主の学友であり、親交が深かったことから、互いの子供を許婚とし、ゆくゆくは両家の発展のために姻戚関係を結ぶと言う口約束を前当主から得ていた。
けれど、事業に失敗し、多額の負債を抱えたまま父は失踪。
ほどなくして千空の実父が亡くなり、母は残されたよすがとしてこの縁談に固執した。
今をときめく石神財閥と姻戚関係を結ぶことができれば、傾きかけたこの家を建て直すことができる。以前のような贅沢もし放題だ。
そんな下心が露骨に透けて見える。
それを、義息を溺愛する百夜が苦々しく思うのは無理からぬことに思えた。
少し話しただけだけれど、息子の幸せを心から願っている、とても穏やかで優しいひとだった。
だからきっと、この話は破談になるだろう。破談にならなかったとしても、それは両家の利害関係、あるいは母の強硬な姿勢により押し切られた、あくまで約束の履行によるもの。
……政略結婚とは、そういうものだ。
だからもし。
万が一、縁談が受け入れられたとしても、それはこの恋が叶ったわけではない。
そう自分に言い聞かせながら、帰路に就く。
翌日、縁談を許諾する旨の連絡が百夜からあり、千空とゲンは正式に婚約者となった。
※ ※
……第一印象は、面白い奴。
百夜に連れられて行った、なんだか仰々しいホテルで出会った婚約者。
最初は、そう聞かされていなくて。
先方に同い年の子供さんがいるから、大事な話をしている間、その子と遊んでいるようにと言われた。
だりぃな、と思いながら庭園に足を踏み入れると、まんまるな白黒頭が視界に飛び込んできた。左半分は白髪のセミロング、右半分は黒髪のベリーショートという、一風変わったいでたちだ。
……何してんだ?トランプ?
気になって、手元を凝視する。
そんな彼の目の前で、手元にあったトランプが瞬時に掻き消えた。
…………え?
その次の瞬間には、手の中にカードが戻っていて。魔法にでもかけられたような気分になる。なんだあれ。どうなってるんだ。どうやってるんだ。仕組みは?カードに仕掛けがあんのか?それとも手の動きになんかコツがあんのか?知りてぇ。知りてぇ。なんだあれスゲー!!!
そう思った瞬間、もう駆け出していた。
「 おいテメー今のどうやりやがった!?」
ずい、と詰め寄ると、そいつはおおきな黒い目を見開いた。光に透けると青く見える、夜空みたいな色の目が、きれいだと思った。