自信につながるものトイレの扉が開き、人が入ってきた。
「和泉三月……、青い顔。どうしたの。」
それは九条天だった。
洗面台に両手をついて鏡の血の気が引いたような顔と向き合っている三月を見れば、そう尋ねるのは当たり前だ。
「あ……なんでも」
三月は誤魔化そうとするが、ひきつった表情はすぐには戻せない。
身を翻してトイレを出ようとするも、すかさず天に手を掴まれて止められた。
「なんでもないわけないでしょう。キミのそんな顔初めて見た。ボクには話したくないこと?」
しばらく三月は黙っていたが、やがてゆっくりと天に体を向けた。
「……これから、オーディションで。CMの。」
いつもとは全然違う声。快活な三月からは想像もできない、自信のない小さな声だった。
「緊張しているの?」
「九条には……あんまり想像できないかもだけどさ。オレ、オーディションに受かったこと、1回しかなくて。」
三月はひきつった笑顔を見せる。今は無理して笑わなくてもいいのに。
「そういえば、アイドルになるためにいろんな事務所のオーディションを受けたって言ってたね。ちなみにその1回って?」
三月は何度かインタビューで所属前のことを話している。子供のころからゼロに憧れてアイドルを目指していたこと。何度もアイドル事務所のオーディションを受けては、落ちていたこと。オーディションへの苦手意識ができてしまっているのかもしれない。
「うちの事務所の、アイドルオーディション……」
「ああ、なるほどね。大丈夫だよって、言葉だけで伝えてもきっと気休めにしかならないのかな。事務所でも散々言われて送り出されたんだろうし。」
天は笑ったが、三月はバツが悪そうだ。
「う……悪い。」
「うーん。それなら、そうだね。」
天は、微笑んだ。
囁くように、優しい声で続けた。
「想像してみて。キミの実力を裏付けるもの。」
「え?」
三月は首を傾げた。
「キミの名前を呼ぶ、色とりどりの歓声。」
三月!みっきー!三月くーん!客席から名前を呼ぶ声が胸に響く。
「トロッコから見つけた、大きな文字の大好きのうちわ。」
撃って!ハート作って!ウィンクして!がおがおして!、なんてのもあったっけ。
「無数のオレンジ色のペンライトに包まれる空間。」
担当カラーになって、オレンジがもっと好きな色になった。あの空間は宝物だ。
「キミのコールに大きな声で帰ってくるレスポンス。」
ファンと一緒に会場を盛り上げていく感覚。たくさんのファンが、支えてくれていると感じる。
「キミの歌で、ダンスでファンに笑顔が生まれる瞬間。」
あの笑顔を見るだけで、自分も自然と笑顔になる。
「うん、良い顔。CMなら思わず目を止めてしまう表情だ。その魅力を、キミのファンは知ってる。それだけで、自信にならない?」
そうだ。世界には、オレのことを大好きだって言ってくれる人がたくさんいる。それだけで、無敵になれる。
「ボクもキミの魅力を知る一人だ。大丈夫。受かるよ。」
TRIGGERの九条天にまでそう言われるなんて、光栄だ。
「……ありがとう。」
絶対、受かってくるよ!
そう言って、三月は胸を張ってトイレを出た。