ハチ公前、金曜日の午後8時前。
道行く人々が思い思いに浮かれて、はしゃいで、騒いで。夜の渋谷は、とても陽気だ。
駅の向こうに見える高いビルは夜の街を明るく賑やかに彩って、まさに都会の象徴。
スマホがバイブを鳴らし、画面が光る。そこには「九条天」の文字。
『ごめん、2,3分遅れそう。』
2,3分くらい三月は全く気にしないが、律儀に連絡をくれるのが彼の好きなところでもある。
『それくらい全然いいよ、待ってる。』
ラビチャを返して、三月はツバ付きの帽子を目深に被りなおす。
日本で一番有名な待ち合わせ場所と言っても過言ではないここは、前にも横にも人だらけ。こんなところでIDOLiSH7の和泉三月だとバレたら大変な騒ぎになる。
もちろん変装はしているものの、どうして天はこんなリスクの高い場所を待ち合わせ場所に選んだのだろう。
スマホで時刻を見ると、7時59分だった。あと少しで九条に会える。あと少し、あと少し。楽しみだな。無意識に三月の口角が上がる。
眺めていたスマホの文字が20:00に切り替わった瞬間。
「——愛してる。」
渋谷中に愛しい人の声が響いた。
その一瞬、駅前が静まり返る。
頬に熱を留めたまま、はっと顔を上げた。
目に見える範囲全ての街頭ビジョンに、優しい表情でスマホを耳に当てる天が映っていた。
TRIGGERの甘く柔らかなバラードが夜の街を彩る。
「えっ、天くん!?」「TRIGGERの九条天だよ!」
道行く人がビジョンに目を止める。頬を高揚させた三月も、目が離せなかった。
「大切な声を、よりクリアに。最高音質スマートフォン、新登場。」
ビジョンの天はこちらを向いて、手元のスマホを指さしてにこりと微笑んだ。
初めて見るCMだ。もしかして、今ここでお披露目だったのかな。
もしそうだとしたら九条は——、
不意に肩を叩かれ、びくりとして振り返る。
「しっ。」
口元に人差し指を携えた天がウィンクをして見せた。
「九条……! 今のCM、」
「うん、一番最初にキミに聞いてほしくて。」
びっくりした? 天はいたずらっぽく微笑んだ。
「……びっくりした!」
三月は真っ赤な顔のまま、満面の笑みを見せた。