オバケと鬼と人殺し ホラー番組が盛り上がる夏の夜。屯所の広間でも隊士たちが恒例の怪談を楽しんでいた。それを通りがかりに見かけた土方は隣の沖田の着物の袖口をそっとつかんだ。
土方と沖田の付き合いは長い。ただ長いだけではなく濃密であり、常に横にいる。それでもつい最近まで沖田が「そのこと」を知らなかったのは、まさかという先入観があったからに他ならない。
歩いているうちに沖田の自室までたどり着いたが土方の手は離れなかった。はぁ、と小さくため息をついて沖田はそのまま土方の斜め後ろを歩く。ひと部屋隣の土方の部屋に入るとようやく手が離れた。襖を閉めてから沖田は呆れ声を上げた。
「こんな仕事しててオバケが怖いなんてねィ」
沖田も土方も数えきれないくらい人を殺してきた。人を殺しておいてオバケが怖いというのはなんとも不思議な話だ。人の死と、オバケや幽霊は密接に関係している。
「じゃあ土方さん、俺が死んで化けて出たら怖いですかィ?」
沖田の突然の質問に、土方は何を言っているんだと言いたげに片眉をピクリと動かした。
「怖ぇに決まってんだろ」
「へぇ? それはまたなんで?」
土方の答えは彼にとっては想定内だったのか口元が少しだけ緩んでいる。土方や近藤といった旧知の仲ではない限り見逃してしまうほどささやかに。
「だってお前が化けて出たら呪い殺す一択じゃねぇか! 自分の行動を振り返れ、俺を抹殺する儀式を開いたりバズーカぶっ放したり背後から斬りつけてきたり……あれ?」
「やっと気がつきやした? 俺が生きてようが死んでようが土方さんが俺から命を狙われてることに変わりはないんでさァ」
それはそれでどうなんだという話ではあるが、土方はその件については納得してしまったようだ。
やれやれとわざとらしくため息をつく沖田は、畳みかけるように言った。
「オバケなんかよりよっぽど生きた人間の方が怖いですよ」
彼の言うことも一理ある。しかし土方は土方で経験談として頷けない理由があった。定食屋の親父の幽霊を見たことがあるし、何もなかったとはいえその時に沖田たちの魂を抜かれたりした。それをそのまま伝えると沖田は「土方さん大丈夫ですか?」と土方の頭の心配をした。
「土方さんの話が本当だとしても、定食屋の親父は結局のところ害意はなかったんですよねィ」
沖田はクスっと笑った。しかし眼は笑っておらずどこか妖艶な感じすら受ける笑いだった。
「幽霊が祟り殺せるってんなら、俺ァ真っ先に死んじまってやすぜ」
生きた攘夷志士はこの先頑張れば、運が良ければ、沖田に一太刀浴びさせることもできるかもしれない。この世に絶対がない限り、可能性はゼロではないのだ。しかし現段階で沖田は斬り捨て亡くなった攘夷志士の幽霊に何一つ害されてはいない。こちらに関して言えば今後もないと断言できる。
「死んだら何もできやしやせんよ」
生きてるからこそみんな必死にもがいているのだ。死してなおこの世に何かをしようなどおこがましい、沖田はそう思っている。
「まあ土方さんがそれでも怖いってんならしかたがないですけどねィ。この先弱み晒してつけ込まれるようなことがあったら、アンタを斬りますよ」
沖田の言いたいことはそれだけだった。常日頃から隙あらば土方に攻撃を繰り出しているのも、土方に気を緩めさせず緊張感を保たせるためでもある。沖田のレベルの太刀筋で斬り続けられた土方は、どんな刺客の奇襲でも気がつけるようになっていた。
「生きてても死んでても関係ねェ。俺以外の誰かに殺されたりなんかしたら、土方さんもソイツも俺が殺しやす」
「……肝に銘じとくよ」
話は終わったので沖田は襖に手をかけ自室へ戻ろうとした。そこでふと気がついてもう一つだけ忠告した。
「あと土方さん、アンタひとつ誤解してやすよ。俺が死んだら土方さんのことは呪いやせん。土方さんまで死んだら誰が近藤さんの剣になれるんです?」
そもそも呪い殺す理由もないのだ。死んでしまったら近藤の隣の席など関係ないのだから。そんなことよりも生きて任務を全うして欲しい。沖田の心残りはただそれだけだ。
「……テメェもひとつ勘違いしてやがるけど、お前が化けて出たら呪いでもなんでも受け止めてやるから会いにこい。つーかまず死ぬなって話だがな」
やっぱり、と沖田は思う。
「俺はおばけより鬼の方がよっぽど怖いと思いやす」
今生で土方から関わらないのはとっくに諦めたが、死んでもなお拘束しようとしてくるのだからタチが悪い。「この人たらし」と心の中で毒づいた。
「奇遇だな、俺もお前の方が怖くなってきたところだ」
「それならよかったです」
どうなるかわからない死後のことよりも、目の前のことに神経を注いで欲しいと沖田は願う。せっかく共にいるのだから。