青空 私はずっとほこり臭くて暗いところにいた。
仲間はたくさんいたけど、一緒にならんでいるだけで会話もしたことがない。
時々誰かの咳払いや、衣擦れの音がこだまして聞こえてくる。近くに人がいるということが少しだけ冷えた私の心を慰めた。
最後に誰かと目を合わせたのはいつのことだったか。
私は目を閉じて昔に思いを馳せた。
そう、確か、5年前の夏の日のこと。
その日はとても暑くて、窓からの明かりは眩しいくらいだったけど、私のいる所までは光は届かなくて、ただそれに憧れていた。誰か私の手を取って、ここから連れ出してほしい。そんな焦燥に駆られていた。
そんなときだ。あの人が私を見つけてくれたのは。
彼は、その柔らかく汗ばんだ手で私の背を撫で、嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑んだんだ。
あの人の腕に抱きすくめられて、一緒にあの人の家に帰った時の、高揚感を覚えている。私は自分が見せてあげられるものを全部、あの人にあげようと必死だった。
あの人が私をそばに置いていた時間は、ほんの一瞬だったけど、あなたはいつも私を見て笑ってくれた。あの優しく温かい笑みは、これからもずっと忘れることは出来ない。
私は自由にならない我が身を恨みながら、今日もあの時の光に焦がれている。
(ああ早く、私を見つけて。愛しいひと)
「あ、懐かしい。これ、前読んだなあ」
男は久しぶりに訪れた図書館で、夏の空のような青い背表紙を見つけて声をあげた。
あれはいつのことだったろうか。
「これまでにない暑さです」と繰り返すニュースにうんざりして、冷房を目当てに逃げ込んだ市立の図書館。
明かりがあまり届かない色褪せた棚の隅の中で、どこまでも突き抜けていくような青い色に、思わず見惚れた。中身はなんて事の無い、童話の寄せ集めだったけど、借りられる期限いっぱいまで手元に置いて、時々表紙を撫でたものだ。
記憶のままの青色を手に取って、男は昔と同じように表紙を撫でた。光に照らされた本が、まるで歓喜に震えるように艶やかに輝いた。