家出息子たちの帰還.3───精霊や神と交流する力に恵まれた巫者も大まかに二つに分類することができる。過酷な修業と儀式を経て、力を得たものたちと精霊や神に選ばれて力を得たものたちだ。一晩中、呪文を唱えながら己の身体を鞭打つ修業や焼けた炭の上を裸足で歩く儀式などが有名だ。(中略) 選ばれた、というと修業や儀式抜きで楽に力を得たような印象を受ける。だが神に選ばれたものたちは巫病と呼ばれる謎の病に長期間、苦しむ。巫病は当初、巫病として認識されない───
敵わない。多少はある年の功も、この身に宿す紋章も残酷な格差をシルヴァンに思い知らせるだけだった。退屈なほどに静かだった夜は切り裂かれている。彼を守るためグレンは命を落としたというのにディミトリは駆け出してしまった。
囮になってこちらを守るためだという意図は分かっている。だが訓練用の槍しか持っていない身で先王の血とブレーダッドの紋章を受け継ぐ存在がそんな係を担当する必要はない。
盗賊たちの叫び声から察するに確かに級長、いや、後継者たちの命が主目的のようだった。だが半分はまだこの野営地に残っている。
あたりは盗賊と学生双方の叫び声や武器を振るう音、魔法の詠唱で騒然としていた。フェリクスは実戦経験もあり、剣技も巧みだが安全のため刃が潰してある剣では真の実力を発揮できるはずもない。仕方なくシルヴァンが握っている槍も刃が潰してある。
「危ない!メルセデスさん!」
篝火の明るさを頼りに、頼りにならない鈍らを振るって盗賊と戦っていると自分と同じく槍を構えていた筈のローレンツの叫び声が聞こえた。シルヴァンの手元に手槍があったら、彼女の後ろで斧を振り上げた盗賊の喉目掛けて投擲していただろう。歯軋りした瞬間に盗賊の身体が炎に包まれた。どうやら彼は黒魔法も得意らしい。
修道士希望のメルセデスは動じることなく負傷した他の学生に回復魔法をかけている。戦場においては修道士が真の勇者、というのはよく聞く話だ。修道士たちは丸腰で傷病兵の救助にあたる。
「あら〜、ローレンツ、久しぶりね〜?助けてくれてありがとう〜」
久しぶり、ということは彼らは顔見知りなのだろうか。そんな呑気なことを考えながらシルヴァンは槍の柄で盗賊の喉を勢いよく突いた。ぐええ、といううめき声に合わせて周囲から感嘆の声が沸いたのでゴーティエの小紋章が背に浮かんだのだろう。
「いや、これも貴族の責務だ」
必死で盗賊たちに抗っているとディミトリたちが援軍を引き連れて戻ってきた。後に聞いて呆れたのだが、ディミトリはクロードを追いかけていたのにクロードはうろ覚えで走っていたのだという。これが後の世に伝えられる必然の出会い、だ。
野営地を襲った盗賊たちは赤き谷にこもっているのだという。青獅子の学級は奉仕活動として彼らを捕縛するセイロス騎士団の補助をすることになった。ローレンツは彼らの担任教師となったベレトから課題協力を求められている。
彼は教師として採用されてすぐ、名簿を手に学生たちに聞き取りをして回っていたので魔道学院にいたことを覚えているのだろう。その際もガルグ=マクではまだ資格をとっていない、と正直に話したのだが傭兵暮らしが長いせいか腑に落ちないらしい。
「先生のクロードより僕、という選択は高く評価しているが……」
「……分かった。では、言い方を変えよう。練習をする機会を提供、出来るかも、しれない」
だが言質を取られないように途切れ途切れに話すベレトが念のために、とローレンツを選ぶのも分かるような気がした。まずファーガス騎士の国なだけあって黒魔法が得意な学生があまりいない。そして担任ではないので彼が黒魔法を使えるとは知らなかった───という言い訳が可能だ。平民たちはこういった図々しさで困難な場面に保険をかけて乗り切る。手を貸さないのもなんだか貴族らしくないような気がしてローレンツは首を縦に振った。
そんなやりとりがあったものの今のところディミトリとドゥドゥー、それにフェリクスが鬼神のような強さを発揮しているのでローレンツには一向に練習する機会、とやらが訪れない。だが得難い経験は出来たように思う。
「分かってたつもりだが、やっぱり目指す気にもなれないな……」
ローレンツの隣に陣取るシルヴァンが橋の向こうを眺めてしみじみと呟いた。クロードは彼の礼儀正しさや実直なところを参考にすべきだが───槍を振るう兵種としてディミトリが参考になるかならないか、で言えば全くならない。
「三人とも無理をしていないか心配ね〜」
魔道学院で顔見知りになったメルセデスが橋の向こうを眺めながら服についた土埃を払った。ローレンツの槍もシルヴァンの槍も盗賊たちの血で赤く汚れている。貴族の責務を果たした筈なのにあまり良い気分ではなかった。