20.永訣
ベレトが青獅子の学級からイングリットを連れてきた。金鹿の学級にはまだ飛行職がいないので課題に協力してもらう為だ。
「イングリットには上空から調査依頼をされた区域を見てもらおうと思う」
地形の把握に拘る彼らしい選択だった。クロードが学級を代表してイングリットに礼を言おうとしたが皆口々に彼女に話しかけて礼を言っている。皆自分がしっかりしなければ学級がまとまらないと思いこんでいるがそのせいでいつもまとまりがなく賑やかだ。
「こら、全員に返事させるのも手間だろ。金鹿の学級に協力してくれて感謝する」
クロードが大袈裟な身振りで差し出した手を槍の鍛錬で豆だらけなイングリットの白い手が握った。
白鷺杯も舞踏会も終わりそろそろ時間がないのだがモニカは常にエーデルガルトかヒューベルトの傍にいて一人きりになることがない。ジェラルドを助ける為にはモニカをエーデルガルトから引き剥がさねばならないのだがあの状態は一体どちらの意志なのだろうか。ローレンツは心苦しく思いながらも黒鷲の学級での彼女の様子を知る為フェルディナントを茶会に誘った。
「お招きありがとうローレンツ」
修道院の中庭で白磁の茶器に琥珀色の液体を注いでいると数日後にはこの修道院に魔獣が多数出没することがとてもではないが信じられない。だがローレンツの記憶の中でもクロードの記憶の中でもその事件は起きたのだ。ローレンツもクロードもジェラルドを救いたいと考えている。その為にはモニカを行動不能にせねばならない。
「君の学級もなかなか落ち着かないからな。こういった時間が必要だと思ったのだ」
ローレンツの言葉を聞いてフェルディナントは長いオレンジ色の睫毛を伏せた。モニカに対してかなり思うところがあるらしい。親友に対して本当に申し訳ないと思いつつローレンツは色々と聞き出してみたがモニカはヒューベルトとエーデルガルトが二人きりになることすら好まずエーデルガルトにべったりと張り付いているということしか新しい情報を得られなかった。モニカはエーデルガルトの監視役なのではないだろうか。エーデルガルトにはヒューベルト以外味方がいないのではないだろうか。ローレンツはそう考えた。
数日後、やはり修道院内に多数の額に結晶を付けた魔獣が出現した。
「確かに魔獣どもがいやがる……。出どころは礼拝堂と見て間違いねえだろう。俺は礼拝堂に向かう! お前らは、逃げ遅れた生徒たちを保護してやれ!」
逃げ遅れた、というが何故老朽化に伴い立ち入りが禁止されていた旧礼拝堂にこれほど沢山の学生がいるのだろうか。ジェラルドの指示通りローレンツたちはベレトと共に逃げ遅れた学生を救って回るついでに話を聞いていった。だが皆、何故自分がここにいるのか分からないという。
礼拝堂から湧き出て救助活動を邪魔しようとする魔獣たちを引きつけたジェラルドと教団兵が次々と魔獣を撃破していく。
「やっぱり、魔獣の正体は生徒だったか。しかし、何だってこんなことが……?」
ジェラルドはセイロス騎士団に復帰してからレアに命じられ様々な異変を調査している。コナン塔に関する資料にも目を通している筈だ。だからやっぱり、という表現が使えたのだろう。
自陣の後ろには救助した学生を保護しておく天幕が張ってある。ジェラルドたちが撃破した魔獣の中から現れた学生をその天幕に運ぶ為ローレンツはリシテアに転移魔法をかけてもらった。気を失った学生を抱きかかえそのまま一目散に天幕へ向かっていく。自陣に戻るだけならば大した手間でもない。天幕の中にはマリアンヌがいた。
「ローレンツさん、お疲れ様です」
「ありがとう、マリアンヌさん」
「少しお時間をいただきますね。皆、中庭で何か光っているものが落ちていることに気づいて拾ったそうです」
マリアンヌの表情から察するにその後、彼らの記憶は途切れたのだろう。
「地面に落ちたものに触れる時は手巾を使うに限る」
ローレンツの言葉を聞いたマリアンヌは眉尻を下げて小さく笑った。二人にしか通じない冗談だ。この状況下で混乱した学生たちから聞き取りができたマリアンヌの冷静さにローレンツは舌を巻いてしまう。これは教会にもクロードにも教えるべき情報だ。
再び馬首を翻し前線へと戻ったローレンツは日頃大きな声を出さず表情も殆ど崩さないベレトの絶叫を耳にして深く深くため息をついた。ベレトがジェラルドのすぐ近くにいるならば何とかなるかと思ったのだがジェラルドは救えなかった。
一方でイングリットの協力もあり学生たちの救助には成功している。彼女はシルヴァンの幼馴染でマイクランとも当然、面識があった。倒した魔獣の中から現れた学生を見た時ほんの少しだけ彼女が怯えていたのは人の口に戸は立てられないからだろう。魔獣の中から核となった人間の亡骸が現れる、とシルヴァンか誰かから聞いていたのだ。ローレンツはフェルディナントと共にミルディン大橋に立った。あの時の自分たちはある種の魔獣の素材が生きた人間であることを知らなかった。知っていたらミルディン大橋に立っただろうか。