戦闘中は流してしまっていたが五年間の時を経て再会したベレトの風貌が全く変わっていないと気付いたローレンツは言葉を失った。本当に彼が言う通り以前、閉じ込められたザラスの闇のような空間で眠っていたのかもしれない。何せ誰にも明かしていないがおかしなことが起きた身の上であるのはローレンツも同じだ。どんな事象もあり得ないと切り捨てることはできない。
瓦礫だらけの修道院だがベレトや学友たちそれに親交があったセイロス教会関係者たちが敷地内を歩き回っていると学生時代が戻ってきたような気分になる。だが自分も含めて五年間で皆それぞれ成長した。クロードの弁舌もそのひとつで流れるような話ぶりに磨きが掛かっている。ヒルダも指摘していたがクロードは舌先だけでセイロス教会と騎士団を巻き込み三国のどこにも行きやすい要衝をレスター諸侯同盟の拠点にした。彼の記憶で彼を打ち破ったエーデルガルトがそうしていたのだという。エーデルガルトの策を貪欲に取り入れる様にローレンツは正直言って戸惑っている。
学友たちがいない場所でゆっくり考えようと思ったローレンツが玄関ホールに佇んでいるとそこにベレトがやってきた。どうやら五年前のように敷地内を駆け回っているらしい。これからも彼に用事がある時はどこにいるのか探すのに苦労しそうだった。記憶の中と同じく淡々と話しかけられて
「父には書簡を送ってある……。万一、反対されてもここに残るつもりだ」
「悔いはないね?」
「ありません。クロードが暴走しないように監視するのも僕の務めだと思っている。先生こそクロードに巻き込まれて不本意なのでは?」
ベレトは躊躇なく首を横に振った。聞くところによるとクロードとたった二人であの盗賊の巣窟に入り込み戦闘を開始したのだと言う。後少しでも自分とイグナーツの到着がそして皆の到着が遅れたらと思うと寒気がした。
「とにかく皆の話を聞きたいんだ。だから今もこうして何が起きているのかさっぱりわからないからクロードにも話を聞きたいしレアからも話を聞きたい」
大司教を親しげに呼び捨てに出来る者がこの世に何人いるだろうかとローレンツは考える。
「納得のいく答えが返ってくるのでしょうか」
「それはほら"求めよ、そうすれば与えられるであろう"という位だからまず求めるのが大切なんだろう。それに……」
ベレトはガルグ=マクに来てから初めて手に取ったと言う聖典から聖句を引用し若草色の瞳で周りを見回すと唇の前に人差し指を立て小声で言葉を続けた。
「前も話したが俺はエーデルガルトからも話を聞きたいくらいなんだ」
「先生はこのフォドラで最も器が大きいのではないだろうか」
ベレトはローレンツの賛辞を耳にして小首を傾げているが皮肉でもなんでもなく心の底からローレンツはそう思う。ジェラルドの仇でありこのフォドラ中に悲劇を起こしたエーデルガルトの話に耳を傾ける価値はあるのだろうか。耳を傾けたところで謎が解け心が癒されるような瞬間が来る、とローレンツには思えない。だがベレトは違うのだろう。
「これから忙しくなる。人手も絶対に足りないしここに残ると判断してくれて嬉しいよ」
差し出された手は手袋に包まれていたがローレンツはベレトの手の温もりを感じられたような気がした。駆け回って話を聞いているベレトと皆は何を話したのか。ローレンツも皆と話したくなってきて玄関ホールを後にした。
枢機卿の間に向かうとローレンツが死の寸前まで背中を任せていたフェルディナントがいた。この五年の間、彼がどれほど苦労したのか多少はローレンツも知っている。フェルディナントに関してもローレンツとクロードの記憶は食い違いを見せた。クロードは黒鷲遊撃軍の一員だったと言う。ローレンツは戦死する寸前にエーデルガルトのフェルディナントに対する悪意に気づいたのでこれは大きな違いだ。
「この身が朽ちようとも、私はエーデルガルトを止めてみせる。一度、彼女に刃を向けた以上……それを翻すことは、私にはできない」
「フェルディナントくんは正しい。今後も共に理想の貴族のあり方を追求する友であって欲しい」
ローレンツがそう言うとフェルディナントは学生時代に見せていた太陽のような笑みをその顔に浮かべた。クロードのように自分を揶揄ってこない彼のことも絶対に死なせたくない。
「ローレンツ、黒鷲の者のうち私の他に誰がガルグ=マクにいるか把握しているか?」
「ペトラさんとドロテアさんの姿は見かけたよ。先生と熱心に話していた」
フェルディナントの表情が翳りを帯びた。黒鷲の者に限って言えばエーデルガルトとヒューベルトがいないのは当たり前としてカスパル、リンハルト、ベルナデッタがこの場にいない。彼らとガルグ=マクにいる者たちの違いに注目するか共通点に注目するかで目に見える景色は正反対となるだろう。
「すると帝国、いやエーデルガルトたちから戦力外と見做された者だけがここにいるわけか。見返してやらねばな」
残念ながらローレンツとフェルディナントの見る景色は今のところ正反対となった。ローレンツと同じ景色を見る者は未だにクロード以外存在しない。