ラジオデアドラ第四話「それでは皆様、今日もよい1日を」
レオニーは番組の内容がどれだけ荒れようと最後に必ずこう言って番組を終える。マイクのスイッチをオフにしてレオニーは首を回しマリアンヌを睨みつけた。目の前には矢車菊の花が積まれている。
「矢車菊の花言葉で誤魔化せるわけないだろうが!」
「ええー!私たちの女の子らしさが出せてよかったと思うんだけど??」
ディレクターのヒルダが選んだ今晩のテーマは"過大評価されていると思うレストランはどこか、何故過大評価されていると思ったのか"だった。当然度を超えた内容の葉書がリスナーから寄せられる。
「大丈夫です。この時間帯の番組を好んで聴いているリスナーなら気にしません」
放送中レオニーの向かいで黙って話を聞いている構成作家のマリアンヌが拙そうな話だ、と判断する度レオニーに矢車菊が一本渡される。その度にレオニーは台本に書いてあった通り"以上、矢車菊の花言葉でした"と言ってその話を打ち切っていく。番組が終わる頃にはレオニーの目の前に矢車菊の山が出現した。
「でもウェイトレス同士でウェイター取り合ってる店は正直行ってみたい!!ものすごーく気になる!!」
レオニーは食事中に背後で女の戦いが繰り広げられ味は良いはずなのに食べた気がしないようなレストランには行きたくないが矢車菊を紐でくくって紙で包んでいるヒルダは違う考えらしい。
「だってほら!キャバレーみたいなもんでしょ?」
キャバレーではショーガールのレビューを見ながら食事ができる。内装も華やかで音楽も生演奏だ。
「あちらは勝敗が決まる類のものではないですが……」
流石にマリアンヌがヒルダに反論した。彼女は本当に話し方が静かで清楚な見た目をしているのでレオニーは未だにマリアンヌが厳しい訓練で知られる士官学校出身だと信じられない。レオニーの知る軍関係者は受けた訓練が何であるのか実にわかりやすい見た目をしていた。
「じゃあボートレース!」
ボートレース場の貴賓席でも食事を取ることができる。
「……そちらの方がまだ近いかもしれませんね」
「どっちも違うだろ……なんでも良いから早くなんか食べに行こう!」
三人は防音のため布張りになっているスタジオを後にした。局の前にあるダイナーで朝食を食べて市電や水上バスの始発を待ついためだ。いつも市電で帰れるレオニーが最初に席を立つ。マリアンヌの住むアパートが火事で半焼する前はマリアンヌとレオニーが先に帰っていた。水上バスが動くようになるまで一人で待つ羽目になるヒルダが少し辛そうなのは分かるがレオニーと共に市電の駅まで行くマリアンヌが寂しそうなのは正直言って納得がいかなかったが今は違う。リシテアがこっそり教えてくれたのだがマリアンヌがヒルダの家に転がり込むのをきっかけとして二人は交際を始めた。
「ええっ?正反対なのに?」
レオニーの知る女性同士のカップルは男女同士のカップルと違って見た目や雰囲気が似通っている。好みの同性がしているような格好は自分でも真似ができるからだ。
「レオニーの言いたいことはわかりますよ。でもあの二人の場合は正反対なのが良いんでしょう」
楚々としていかにも尽くす側に見えるマリアンヌの方が焼け出された後のことも含めて華やかなヒルダに面倒を見られている。
デアドラの街は朝日に照らされ目覚めつつあった。水路を行き来する船は出勤する人を乗せて街を巡る。レオニーは矢車菊の花束を手に船着場から職場へ向かう人々の流れに逆らい駅に向かっていった。いったい誰が聞いているのだろうかという時間帯の番組ではあるがきちんと葉書は届くし街中でサインが欲しい、と話しかけられることもある。人生に何が起こるのか本当にわからない。
翌日の昼過ぎに出社したヒルダはテフを飲みながらデスクの上に置いてあった報告書を読んでいた。先日のおかしな手紙が気になったヒルダはベレトにレオニーの警護を頼んでいる。時系列にまとめられた報告書の最後にデアドラ市警の地域担当部門に相談してレオニーの自宅近辺の警邏を増やしてもらうべきだと書いてあった。確かに彼はラジオ局の警備担当であってレオニー個人を守るために雇われた護衛ではない。彼の身体は一つしか存在しないし捜査権もない。
マリアンヌは取材に出ているのでヒルダは一人で考えるしかなかった。連続放火犯が捕まるまで警戒すべきだと言うことはわかっている。問題はそれがいつか、ということだ。警察は第三者である素人の推理など参考にしない。ラジオ局への嫌がらせでは当事者であるので警察も親身になってくれたが先端技術に関わる人々を対象にした連続放火事件として見てはいないだろう。ラジオ局の一社員にどうこうできる問題ではないのは明白だ。
だが。
ヒルダは机の上にデアドラ市の地図を広げその傍らに電話帳を置いた。消防署を表す二本の斧が交差する地図記号は思ったより数が多く地図上でばらけているがマリアンヌをあんな目に合わされて大人しくしているわけにはいかない。