クロロレワンドロワンライ第45回「成長」 帝国軍が対岸に集まりつつあった。父に命じられミルディン大橋に防衛線を構築していたローレンツだったが今は馬上にいる。領主として領民に信用されるには最も厄介な仕事を引き受けることだ、引き受けられるような力を備えねばならぬ、と言われてローレンツは育った。名代として前哨基地に赴くよう父に命じられたローレンツは正直言って落胆している。クロードたちのことは気になるが危険な局面はまだ任せられないと言われたも同然だし領主である父には安全な場所にいて欲しい。
しばらくアミッド大河の河岸にいたのでこちらの前哨基地に顔を出すのは初めてだったしクロードを含め同窓生たちと会うのも久しぶりだった。士官学校の休校後、イグナーツに関してはローレンツがなんとか出来たしシェズもおそらくクロードが何とかしていただろうがラファエル、レオニーの暮らしぶりが気になっている。
「ローレンツ、どんな按配なのか報告してくれ」
久しぶりに会ったクロードはローレンツの目には少し痩せたように映った。リーガン家の後継者としてお披露目された時から数えても五年経っていない。付け焼き刃でも構わないから同盟領内を隈なく視察する、というのが理想だったが開戦によりそれも不可能になっている。戦争は見識を深める時間と成長する機会を奪ってしまった。ローレンツの父エルヴィンは帝国軍のレスター方面部隊が全軍渡河し終えた後で橋を完全に破壊し同盟領内で孤立させるというクロードの提案を拒否している。橋の復旧に気が遠くなるような費用が掛かるからだ。
「大橋近辺で水深が浅く渡河が可能なところは全て監視している。橋頭堡は絶対に築かせない」
ローレンツがそう告げるとクロードは頷いた。クロードは手元にある地図で判断するしかないしアケロンからリーガン家に提供された地図が正確かどうかは謎だ。グロスタール家やコーデリア家など周辺の領主たちに頼るしかない。
「大橋以外から帝国の兵は来ない、と言う前提を崩したくないんで助かるよ」
「あんな酷い作戦を立案した君からまともな意見が出るとは……成長したのだな……悪ふざけをしなくなった」
ローレンツに感心されて不本意だったのかクロードは口を尖らせた。そんな表情をすると内面の成長が外見の幼さに覆い隠されてしまう。
「俺だっていざとなれば地に足のついたようなことを考えられるんだよ」
この時点のクロードの言動がほぼ演技であり自分にだけ真の作戦について明かされなかったと知ったローレンツは後に激怒するのだがこの時は素直にクロードを支えてやろうと考えていた。
「ローレンツ久しぶり!」
本部から出るとシェズが話しかけてきた。ヒルダと共に市場の店番を手伝って欲しいのだと言う。
「人手が少ないのにやることが多すぎて私だけじゃ無理なのよ!」
あっけらかんとそう語るシェズに道すがら休校になってからどう過ごしていたのかローレンツが問うてみるとなんと彼女はクロードに放置されていたらしい。自分も在学中はレオニーがグロスタール領出身であることに気づかなかった上なんの仕事も回してやれなかった。しかし少しでも手勢が必要なクロードがよりによって彼好みの謎をその身に秘めているシェズを放置していたのは意外だった。先程はクロードの成長を感じたがやはり大きな欠落は未だ彼の中に存在している。ローレンツの父エルヴィンはそこを強く警戒していた。果たして成長だけでその欠落を補えるのだろうか。
シェズに言われた通り店番をしているとクロードがやってきた。樽の上で帳簿を付けていると軒先からヒルダとクロードが語らう声が聞こえてくる。クロードは調香を嗜むヒルダが見繕った香油を買っていた。いよいよ彼も前線に赴くつもりなのだ。ローレンツも血や汗の匂いで鼻がおかしくなる前に買い足しておくべきかもしれない。