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    111strokes111

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    本にする時には合間合間にいかがわしい場面が入る予定です。

    「願い骨」本編はこちらです↓
    https://poipiku.com/IllustDetailPcV.jsp?ID=1455236&TD=8601273
    「願い骨」その後:一晩目はこちらです↓
    https://poipiku.com/IllustDetailPcV.jsp?ID=1455236&TD=8600856

    「願い骨」その後:二晩目 翌朝に響かないように配慮はしたがやはり紅茶一杯では済まなかった。会談は二日目を迎えている。情勢を安定させるためベレトは既に戴冠式を終えたが、クロードは王位に就いたばかりでまだ戴冠式を終えていない。王宮付きの占星術師の助言に従い、星回りがよい日に王都で戴冠式が行われる予定だ、とパルミラの文官がローレンツに伝えてきた。偶然にもそれは王位に就いて百五十日目であるらしい。
     クロード自身は迷信の類を好まないが百五十日の猶予が与えられたと看做しフォドラの首飾りまで足を運ぶことができた───というのは表向きの話だ。新王カリード陛下がクロードである、と知る前のローレンツはパルミラ側から日程の提案をされた時に女神に感謝の祈りを捧げている。戴冠式を終えるまで待たされると予想していたのだ。ローレンツは星から日取りや運命を読み取ることはできない。だが複雑な計算から導き出されることは知っている。クロードが数字を弄ったか猶予期間を求めて占星術師に圧力をかけた可能性は高い、というのが現在のローレンツの見立てだ。
     そんなあれやこれや、も昨日の朝で前提が崩れている。だがある物はなんでも使え、というのがローレンツの恩師ベレトの教えだ。フォドラ、パルミラ両国の平民たちのためになるならば個人の思い入れはとりあえず飲み込むしかない。
     本日は前日、初対面ながらも意気投合した二人の王が互いの国の益になることをなそう、と合意する予定となっている。

     昨晩と同じくローレンツの部屋の窓が外から叩かれた。今晩は既に用意してあるのでクロードを待たせるようなことはない。
    「昨晩も言おうと思ったがどこで誰が見ているのか分からないのだぞ。そのような格好で出歩くのは止めたまえ」
     窓から入り込んできたクロードは寝巻きの上に黒い外套を羽織っただけだ。一方でローレンツは入浴を終え、後は眠るだけという時間にも関わらず上着に襟締まで身に付けている。
    「俺はその格好も嫌いじゃないけどな」
     ローレンツはクロードの軽口をまともに受け止めず、黙って彼の前に紅茶を淹れた。優しい湯気と甘い香りが漂っている。今晩は複数の茶葉を混ぜたものを選んだ。
    「昨日の続き、かつ繰り返しになるんだが……本当に悪かった、と思ってる」
     有力者たちが妖しい術に耽る者を使って、裏で互いに攻撃しあうのはどの国も変わらない。中央教会の権威を失墜させようとしてはいたが悲願があった分だけ闇に蠢く者たちの方が可愛げがある、というのが昨晩のクロードの主張だった。
     アドラステア帝国とファーガス神聖王国は大司教の祝福を受けて生まれている。中央教会は建国者たち、すなわちヴィルヘルム一世にもルーグにも権力を与えたが、一方で平民たちに統治者よりも高次の存在を与えた。統治者が正しく統治出来ない時は道徳的な抵抗が可能となる。
     だからこそローレンツの父エルヴィンは自領の民を第一と考え、そのように領内を治めてきた。だが、闇に蠢く者たちは統治者から権力を奪い、平民からは道徳的な抵抗をする権利を奪おうとしていた。
    「だが君がフォドラをネメシスの手から救ったのも確かだ」
    「お、俺の功績だって認めてくれるんだな」
     クロードが諦めなかったからフォドラは女神の代理人を失っていない。ベレトの後、遠い未来にその権威を悪用する者が出現する可能性はあるが。
    >>>中略>>>
     光の杭によってメリセウス要塞が破壊された後、ローレンツはクロードと言い争いをした。最初は優しく問おうと思っていたのに感情が昂り、どうしても抑えられなかった。
     ジュディッドとベレトがあの場にいなければローレンツはクロードを殴っていたかもしれない。今にして思えば、あの時はクロードを責めたいのか自分を責めたいのかが定まっていなかった。
     学生時代から彼に抱いていた違和感の答え合わせがされた瞬間に襲ってきた自責の念は、国交樹立を目前とした今になってようやく薄れはじめている。
     本日はそもそも、どちらの国の文官も王は寛いでいた、と記す手筈となっていた。大人しく椅子に座って未練がましく、ゆっくりと紅茶を飲んでいた昨晩とは打って変わってクロードは早々に一杯目の紅茶を飲み干した。今はローレンツの寝台の上で胡座をかいて座っている。パルミラの衛士たちはどこまで王の私生活について把握しているのだろうか。
    「メリセウス要塞の時と同じくらい、僕は怒っている」
     一方でローレンツは来客用の椅子に座っていた。クロードやベレトの部屋には劣るがローレンツも賓客用の客室を与えられている。だから副官や従僕と打ち合わせをするための簡単な応接用の椅子と丸机があった。
    「あの件だって悪かったと思ってるよ」
     ミルディン大橋まで撤退したあの奇妙で恐ろしい日をローレンツは生涯忘れないだろう。クロードは本当のことを言いたかったに決まっている。
    「だがあの時の君の方がまだ可愛らしかった。僕たちに嫌われることを恐れて口をつぐんでいたのだから」
    「でもそれって失踪の理由にはならないだろ?」
     クロードの言う通りだった。そして言葉だけは殊勝だが行儀は悪い。出身がパルミラ、と聞いてローレンツや他の者たちはクロードの親はフォドラの首飾りにいた兵士か商船の乗組員か乗客ではないかと考えた。パルミラ軍や私掠船に捕まれば捕虜として扱われる。そして国交がないので捕虜交換式も行われない。そんな彼らのことを考えると胸が締め付けられるし、クロードの来し方に思いを馳せた皆は神妙な顔をしていた。もうパルミラに留まるしかない、となれば向こうで家庭を持つことは何一つ不自然ではない。
     出自について打ち明けられたその晩、ローレンツは冷静になりたいから、と言ってクロードを遠ざけてしまった。あの時、一歩引いて時間を与えてくれたクロードの瞳には悲しみだけでなく怯えも浮かんでいたと言うのに。そんなわけで昨日の朝まで本当にローレンツはその晩のことを深く悔いていた。その後、いくら甘い夜を過ごそうともその負債は帳消しに出来ない。
    「そうだな。だが僕たちも君の信頼を勝ち取れなかったのだろう」
    「頼むからそんなことは言わないでくれ」
     ローレンツが自嘲気味にそう呟くとクロードは悲しげな顔をした。そうやって感情を露わにするとまだ前髪で三つ編みを作っていた頃のような幼い雰囲気になる。
    「巻き込みたくなかった、と言う君の言い分を認めよう」
     そう言ってローレンツは寝台の上で胡座をかいているクロードの隣に腰を下ろした。膝の上に褐色の手が載せられる。初めて彼の手をまじまじと見たのは学生時代、ルミール村で惨劇があった晩のことだった。
    「おや、同じ場所に胼胝が出来たな。お揃いだ」
     ローレンツもクロードも戦争が終わってから書類仕事をする時間が倍増している。あの頃のクロードは手を触るだけでやたら動揺していたが今はきっとそんなことはないだろう。
    >>>中略>>>
     パルミラとフォドラは何もかもが違った。野菜の形も果物の味も全く違う。初めて会う祖父はカリードの母ティアナと孫であるカリードの瞳の色が同じだと言って涙ぐんでいたが、それならもっと母と向かい合うべきだった。
     デアドラはパルミラの王都と比べればこぢんまりとした都市だが道路の代わりに水路が張り巡らされている。ティアナは決定的な変化を求めてこの街を去ったが、カリードは着いた瞬間からデアドラが大好きになった。馬車を降りた瞬間から水路が目に入りそこには渡し船が行き交っている。建物は細い歩道に囲まれ張り巡らされた橋で繋がっていた。世界中さがしてもこんな特別な街はない。
     カリードが他人との接触を極力避けつつ嫡子としての教育を受けるためリーガン邸には毎日学者が呼ばれている。神学以外の全ての学者がこれなら外に出しても問題ない、と判断した頃カリードは祖父の執務室に呼び出された。
    「あまり良い意味ではないのだ」
     カリードがなんとなく選んだ偽名、クロードには欠けた者、という意味がある。古い言葉の意味など知らず、音の響きで名を決める平民のような名前らしい。初めて会った時からオズワルドはずっと困惑していた。他のことは頓着せず文句も言わずに図勉強の日々を送っていると言うのに偽名に関してだけは、知らぬ土地で知らぬ間に育っていた孫のカリードが意地を張るからだろう。
    「名前なんか単なる記号なんだから本人が気に入ってりゃそれでいいと思わないか?」
     だが不思議と祖父から提案された他の名はしっくり来なかった。アーチボルトやテオドールの方が高貴な印象を与える、と分かっている。ただ、どうしてもカリードはクロードと呼ばれたかった。
    「それだけ流暢に言い返せるようになったなら、話し方の練習はもう充分だな。訛りもすっかり取れた」
     フォドラと違いパルミラでは複数の言語が使われている。王都がある東部と西部では使う言葉が全く違う。西部の者が使う言葉はフォドラ語と似ていて、きちんと学ばなければ互いに上手く話せないが学ばずとも相手の言っている言葉は概ね分かるらしい。
     西部出身者を嘲る際はフォドラの軟弱者たちと言葉が似ている、というのが定番だ。それに百年近くフォドラの首飾りを陥落させられないのは西の砦の者たちが腑抜けだから、という理屈も加わる。カリード、いや、クロードから言わせれば百年間フォドラの首飾りを守り続けている兵たちが勇猛果敢なのだ。西部の者たちはけっして腑抜けではない。だがそんな事情もあり王宮に召し上げられた西部出身者は自分の言葉で話すことを控えてしまう。
     強き剣、と讃えられる王の住まいに相応しい言葉ではないからだ。勿論これは建前に過ぎない。現に百戦無敗と呼ばれるナデルも父も西部の言葉を───もっと正確に言えばフォドラの言葉を何不自由もなく話す。祖父のオズワルドからすれば誘拐犯だが孫にフォドラ語を伝えた者たちでもある。
    「じゃあそろそろお披露目か?」
    「そうだな、そして次の春には士官学校だ。友人をたくさん作りなさい」
     オズワルドはそう言うがガルグ=マクにある士官学校は百年前のパルミラ侵攻に対応するため作られたのだ。パルミラの王子がそんな機関で友人を作っても良いのだろうか。
    「そういや、俺の他にも王子と王女がいるんだって?」
    「王女ではない。皇女だ。ディミトリ殿下ともエーデルガルト殿下とも親交を深め、その人となりをよく知るのだ。その二人を出し抜くためにも……な」
     食えない年寄りというのはどの土地にも存在する。だがクロードは祖父が嫌いではない。
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