離婚して再婚するやつ(仮)3 個人の事情とは関係なく職場での日常は続く。ローレンツの勤務先は六才から十五才の子供たちが通う公立校だ。地元の子供であれば出自に関わりなく全て受け入れる。紛争が終わる前に子供たちと校舎を守るため作られた高い鉄条網はまだ外すことができない。同盟派と復帰派の勧誘活動も激しい。
古代から中世にかけてここベルグリーズ地方はアドラステア帝国の穀倉地帯として知られていた。しかし八世紀ほど前、ガルグ=マクの戦いで帝国軍がファーガス神聖王国とレスター諸侯同盟の連合軍に敗北したことをきっかけにレスター諸侯同盟に割譲された。
ベルグリーズ地方はそれ以来、ずっと同盟領だが地元の者たちは余程のことがない限りアミッド大河の対岸からやってきたよそ者に心を開かない。ローレンツもまだ河の向こうへ帰れと言われるし、勤務中のクロードに浴びせられる罵詈雑言はもっと激しい。
ローレンツは警察署のセキュリティゲートに並んでいた。通学中に路上でナイフを見せびらかして補導された五年生の児童が署内で迎えを待っている。警察は両親と連絡が取れなかったのだ。
「よお、ローレンツ先生」
「クロードか」
流石に署内にいるときだけだが、補導された子供がローレンツの勤務校の名を出すと未だにクロードはセキュリティゲートにちょっかいを出しに来る。結婚指輪を付けていた頃は人前で身体を弄られる度に赤面していたが今は違う。
「早く我が校の児童のもとへ案内してくれたまえ」
腕をまっすぐ伸ばすと、かつては素肌に触れることを許した褐色の手がローレンツの身体の上を這い回った。腕時計を外してしまったので今のローレンツは金属製のものを何ひとつ身に付けていない。
「形式を守らなきゃいけないのは分かってるだろう?」
クロードはいつもそう耳元で囁く。今ではめっきり減ってしまったが黒魔法が使える者にこんなことをしても全く意味がない。だがこれこそが子供たちと保護者がローレンツに一目置く理由だった。
「確かに建前すら守ろうとしないなら人間である意味がない」
「四階の右から三番目の取調室にいる」
感謝の意を表すため後ろ手だけは振ってから来客名簿に名前を書き込む。縁がない市民にはとことん縁がないせいか司法書類の電子化はなかなか進んでくれない。