離婚して再婚するやつ(仮)15 メルセデスがローレンツたちに厳命したのは言葉を遮らないこと、だった。ローレンツたちはお互いの言葉に耐えねばならない。カウンセリングルームのインテリアは優しい色合いで統一されている。そして置き時計や花瓶など掴んで振り下ろせるようなものがない。
激昂したクライアントが暴力に及ばないよう工夫されている。花は飾られていないが壁紙は花柄だ。依頼人が心地よく過ごせるような工夫がしてある。そのコンセプトにローレンツは好感を持った。
「この男は共に暮らすこの僕を適当な嘘であしらい、心身の不調について隠した」
この思いは当時から全く変わらない。クロードは自分の闇に巻き込みたくない、と言っていたがそういう問題ではなかった。病める時も健やかなる時も共に、と女神に誓ったあの言葉は嘘だったのか。
「でも気がついたのね、クロードのことをとってもよく見てたから」
メルセデスの言う通りだった。仕事に追いかけられ没頭していても寂しいものは寂しい。潜入捜査を終えクロードがローレンツの元に戻ってきたことが嬉しくて───最初はそんな理由で目が離せなかったのだ。
「笑顔以外、認めないというなら人形と暮らせ」
「そうね〜、確かに怒ったり悲しんだりするのが人間だわ〜。クロードはどう思った?」
「これじゃあ出ていく以外ないだろ?」
クロードはローレンツが険のある物言いをする度に息をのみ、微かに唇を震わせていた。
「ね、クロード、話し合いってとっても難しいでしょ〜?私が介入しなかったら、あなた質問に答える機会を失ったのよ〜」
メルセデスはその柔らかな雰囲気からは想像がつかないが警察に協力し、様々な人々のカウンセリングを担当している。潜入捜査の心理的負荷などお見通しなのだろう。
「心配するローレンツのことを見てどう思ったのかしら〜?」
「自分が忌まわしいと思った」
流石に帰宅が許された頃はうなされて起きる晩も珍しくなかった。荷解きは一向に進まず、褐色の頬を伝う涙をそっと拭った感触をまだおぼえている。心配したローレンツは精神科の受診を薦めた。しかしクロードはそれを無為だと判断し、ローレンツを誤魔化すために嘘をついている。どうして医療を拒否したのか。その謎が解けなければアネットの言う通りローレンツは前に進めない。