有情たちの夜.5「枠の中3_7」 同盟と帝国が手を取る未来もあったのかもしれない。アミッド大河とデアドラを血に染めておきながらそんな妄想をした、とフェルディナントに知られたら彼はどんな顔をするだろうか。
エーギル公失脚後、彼は五年間辛酸を舐めたが真っ直ぐなままだ。折れた骨は強くなるのだ、と言って朗らかに笑う。ヒューベルトに嬉しい驚きをもたらした彼は元から親帝国派であったグロスタール伯そしてエドマンド辺境伯に宛てた書状を書いている。ヒューベルトが前もって作った文面を確認したエーデルガルトがこれでは威圧的すぎる、と眉を顰めたからだ。
「カトリーヌさんはレアさんお気に入りだったが俺としてはああいうのが一番困るんだよ」
彼女はロナート卿の息子クリストフを中央教会に突き出した張本人で、雷霆を振るってセイロス教会に仇なす者を屠る。
「あの様な狂信者が大手を振って歩いているのが中央教会です」
ダスカーでの沙汰はヒューベルトを絶望させた。闇に蠢くものたちが存在する証拠を集め、中央教会に駆け込めば庇護を受けられるのではないか。そう考えていた頃もあったのだ。幼かった自分の見通しの悪さに呆れてしまう。
「ローレンツによると彼女はカロン家の者だとか。なあ、俺の邪推を聞くか?」
クロードが指の節で机を叩いたのでヒューベルトが手首と親指に巻いた鎖も音を立てた。場の主導権を奪うつもりらしい。
「愉快な気分になれそうですな」
「ツィリルもカトリーヌもレアさんが自身の器量がいかにでかいかを示すための装身具なのさ」
パルミラ人とお尋ね者、と言うわけで二人とも一般的なフォドラ人からは眉を顰められる。従者程度なら構わないが、どう見ても経歴が明らかな彼女に偽名と騎士団での役職を与え、英雄の遺産である雷霆も持たせたままだ。気まぐれな慈悲を与えられた側はますますレアに傾倒する。
「私から言わせれば器量の小ささの表れです」
ベレスの判断は間違っていないのかもしれない。ヒューベルトは自分の口角が微かとはいえ、上がっていることに気がついた。
内装からも分かる通りこの部屋は尋問を受ける側の感覚が鈍るように工夫されている。クロードが敗北してしまったので時を告げる教会の鐘を鳴らす者も失せてしまった。風や自然光を遮られているので喉の渇きや空腹感などの身体感覚で時間経過を把握するしかない。
「機嫌がよさそうだ」
───勝ち戦のあとですので寛大な気分にもなろうというものです───クロードの言葉にそう返した癖にヒューベルトは視界を遮るため頭に布の袋を被せた。深く被せる際の動作で自分が頭を打っていたことを思い出す。最後、ベルナデッタに射られて落竜したのだ。
頭を振って外せないようにわざわざ喉元を紐で縛られた時は流石に不愉快だったが、それでも得られるものはある。人間は耳を閉じることはできない。クロードの耳は布の袋越しに扉が開閉される音をとらえた。
他にも何か聞こえないだろうか。クロードの耳がとらえるのは己の鼓動や呼吸音だけで他には何も新しく把握することができない。しばらくの間、焦る気持ちを押し殺していると再び扉が開閉され、喉元の紐が解かれ頭から袋を外してもらえた。目の前にいる人物は変わらないが目の前に水差しと銀の杯が二つある。
ヒューベルトはクロードの目の前で銀の杯に水を汲んで口をつけた。毒に反応する銀の杯に加え、行動でこの水に毒は入っていない、と表明している。世の中には無色無臭透明な毒など数えきれないほど存在するし、ヒューベルトが本気でクロードを油断させて毒殺するならやはり今のように目の前で毒入りの水を飲むだろう。多少は苦しむことになるがその後で解毒剤を服用すればいい。
「喉が渇いては大変ですからな。まだ話していただきたいこともありますので」
「そっちこそずっと話し通しだから水を飲みながらの方がいいだろ?もうひとつの杯でいただくよ」
そう言ってクロードが白い歯を見せると意外なことにヒューベルトは親指に巻いた鎖を外してくれた。両手で抱え込む不恰好な形になるが、杯を口元に当てられながら飲むよりもずっとありがたい。