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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    恋綴3-12
    二人は友です。
    なお、少々下品な表現があります。

    #曦澄

     広間に一歩踏み入った瞬間、江澄は顔をしかめた。よくないにおいがする。
     妓楼での邪祟騒ぎが一段落して五日、江家に妓楼と町の顔役から招待があった。妓楼の遊妓らが宴を催すという。
     江澄は初め断るつもりだった。礼は十分に受け取っている。ところが、師弟たちにぜひ参加してくれと懇願された。それはもう詰め寄る勢いだった。結局、江澄は師弟たちに報いるつもりで招待を受け、再び白梅と相対することになったのだが。
     江澄は案内してきた男を振り切り、奥で待つ白梅の元まで大股で歩み寄った。
    「御宗主、どうかしたか」
     やはり、においの元は彼女であった。
     江澄は見上げる白梅の胸元に手を伸ばし、がばりとその袷を開いた。
     白い肌にくっきりと呪紋が描かれている。
     赤黒い呪痕は血で刻まれた証である。
    「御宗主」
     慌てふためく顔役とは対照的に、白梅はまったく動じていない。
     それどころかにらみ上げる江澄の手をぺしりと叩いてみせた。
    「御宗主、いけませんよ。大勢の前で」
    「どういうことだ」
    「どうもこうもありません。あたしはあの子と約束したことを果たしただけ」
     江澄は袷から手を離さず、固唾をのんで見守っている遊妓らを見回した。
     楼主にしても、江澄の暴挙を不安そうにして見ているくせに、白梅の呪紋には少しも驚く様子がない。
    「皆が承知の上か」
    「こんなところで話せませんよ。どうぞ、奥へ」
     白梅はやんわりと江澄の手をはずし、優雅に微笑んでみせた。
     江澄はうなずき、「全員、留め置け」と令を発した。
     妓楼の全員が邪術に関わったとなれば、このままにしておけることではなかった。


     腫れて、腐って、落ちるんですよ。
     こともなげに白梅は言った。
     先日のように江澄のために用意された盃を傾けながら、彼女は月のない空を見上げる。
    「俺は邪術に詳しいわけではないが、代償はお前の命だろう」
    「さすが御宗主、よくわかっておいでで」
    「何故、お前がそのような術を知っている」
     夷陵老祖が死んで後も、邪術を修行する者は少なからず存在した。しかしながら、遊妓が術を施せるとは思えない。関わる術者がいるとなれば捨て置けない。
    「温氏を覚えていますか」
     唐突に出た氏名に江澄は目をみはった。
    「当然だ」
    「あたしの母はその残党ですよ」
     白梅は笑いながら言った。以前は艶然として見えた微笑みが、ひどくはかない。
    「命と引き換えに誰かを呪う紋は知っていたんです」
    「それにしたって、自分の命を代償にするのはやりすぎではないか」
    「あたしにはこれが精いっぱいだったってことです。ほかは知らない」
     江澄は歯を食いしばって、かつての義兄弟の顔を思い浮かべた。あの男であれば、もっと精密な呪紋を組み立てただろう。この呪を解く方法も、知っているかもしれない。
    「今からでも、やめる気はないか」
    「御冗談を。あんな男をのさばらせておけますか」
     白梅は己の胸元を指先でなでる。
    「それに、これを刻んで三日になります。だんだん色が濃くなっているので、今からでは……」
    「三日か」
     腫れて、腐って、のあたりまでは呪が進行していそうだ。
     江澄は身を震わせた。男としては想像したくない呪術である。
    「いいんですよ。これで。あたしは明明のいない場所に未練はありませんから」
     盃を揺らして、その表面を見つめる白梅の瞳には諦観が宿っている。
     その視線を、江澄は知っていた。
     いつか、もうずっと以前に、同じような目をしていた男がいた。
     彼はいつのまにか立ち直り、江澄の傍らに立つようになった。
     自分勝手だということは理解しながら、江澄は白梅に腹を立てた。
     彼女にとっては命を懸けるに値することだろうが、知ったことではなかった。
    「姑蘇に行くぞ」
    「姑蘇に?」
    「御剣の術は知っているだろう。俺が連れていく」
    「放っておいてくれ。あたしはここを動く気は」
    「知るか!」
     江澄は盃を叩き落した。
     白梅があの夜の必死さを失っていることがいら立つ。江家宗主に食って掛かるほどの遊妓が何を気弱なことを。
    「三日経つというなら三日分はそいつを苦しめられたんだろう! 呪を解いたところで、元に戻るわけではない。腐って落ちるより、腐ったものをぶら下げておかなきゃならないほうが悲惨だと思うが?」
     白梅は唖然として、いきりたつ江澄を見上げている。
     江澄も白い面をにらみつつ、己は何を言っているのかと不可解であった。
     しかし、どうしても許せない。
     江澄が尽力して立て直した江家は雲夢の民のためにある。その民が自身の命を粗末にするなら、自分は今までなんのために生きてきたのか。
    「俺と一緒に来い。お前が死ぬには早すぎる」
     白梅は差し出された手をまじまじと見つめた後、腹を抱えて笑い出した。
    「御宗主、それはいけませんよ。その気もない女にそんなことを言っちゃ、惚れられても文句は言えないってもんだ」
    「そんな話はしていないだろう⁉︎ だいたい、お前が俺に惚れるわけがあるか」
     白梅の特別は一人きりだ。江澄がそうであるように。
     彼女はさらに笑い、涙を浮かべるほど笑ってから、床に落ちた盃を拾い上げた。
    「いいよ、姑蘇に行く」
    「よし」
     広間に戻った江澄はあらましを師弟に告げると、すぐさま御剣の術で空に浮かんだ。小脇に抱えた白梅は江澄にしがみつきつつも、きちんと両足で均衡を取る。
    「母の剣に乗せてもらったことがあるんです」
    「そうか」
     月はない。
     江澄は星を頼りに空をすべる。
     朝までには姑蘇に着けるだろう。
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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
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    「晩吟……」
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    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
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    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
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    「ら、藍渙」
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     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
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    1437

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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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    DOODLE曦澄/訪来、曦臣閉関明け、蓮花塢にて
    攻め強ガチャのお題より
    「いつか自分の方から「いいよ」と言わないといけない澄 こういう時だけ強引にしない曦がいっそ恨めしい」
     蓮の花が次第に閉じていくのを眺めつつ、江澄は盛大にため息を吐いた。眉間のしわは深く、口はむっつりと引き結ばれている。
     湖に張り出した涼亭には他に誰もいない。
     卓子に用意された冷茶だけが、江澄のしかめ面を映している。
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     江澄は額に手の甲を当てて、背もたれにのけぞった。
     親しい友、であればどんなによかったか。
     前回、彼と会ったのは春の雲深不知処。
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    「いつか、あなたがいいと思う日が来たら、私の道侶になってください」
     しかも、一足飛びに道侶と来た。どういう思考をしているのか、江澄には理解できない。そして、自分はどうしてその場で「永遠にそんな日は来ない」と断言できなかったのか。
     いつか、とはいつだろう。まさか、今日とは言わないだろうが。
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    PROGRESS長編曦澄13
    兄上、自覚に至る(捏造妖怪を含みます)
     姑蘇の秋は深まるのが早い。
     清談会から半月も経てば、もう色づいた葉が地面に積もる。
     藍曦臣は寒室から灰色の空を見上げた。
     彼の弟が言っていた通り、今年は寒くなるのが早かった。今にも雪が降りだしそうな空模様である。
     藍曦臣の手には文があった。十日も前に送られてきた江澄からの文である。
     まだ、返事を書けていない。
     以前は書きたいことがいくらでもあった。毎日、友に伝えたくなる発見があった。
     それが今や、書きたいことといえばひとつしかない。
     ――会いたい。
     顔が見たい。声が聞きたい。朔月に飛び乗ってしまいたくなる衝動が襲う。
     もしこの欲求をかなえたら、自分は次に何を願うだろう。
     彼が寒室に泊ったときを思い出す。あの朝、たしかに髪に触れたいと思った。そうして前髪に触れたのだ。
     許されるならば、額にも、まぶたにも、頬にも触れてみたい。
     もはや認めざるを得ないところまで来ていた。
     断じて、彼が言っていたような義弟の代わりではない。だが、友でもない。あり得ない。
     ため息が落ちる。
     何故、という疑念が渦を巻く。己の感情さえままならない未熟を、どのようにして他人に押し付け 1845

    takami180

    PROGRESS続長編曦澄6
    思いがけない出来事
     午後は二人で楽を合わせて楽しんだ。裂氷の奏でる音は軽やかで、江澄の慣れない古琴もそれなりに聞こえた。
     夕刻からは碁を打ち、勝負がつかないまま夕食を取った。
     夜になるとさすがに冷え込む。今夜の月はわずかに欠けた十四夜である。
    「今年の清談会は姑蘇だったな」
     江澄は盃を傾けた。酒精が喉を焼く。
    「あなたはこれからますます忙しくなるな」
    「そうですね、この時期に来られてよかった」
     隣に座る藍曦臣は雪菊茶を含む。
     江澄は月から視線を外し、隣の男を見た。
     月光に照らされた姑蘇の仙師は月神の化身のような美しさをまとう。
     黒い瞳に映る輝きが、真実をとらえるのはいつになるか。
    「江澄」
     江澄に気づいた藍曦臣が手を伸ばして頬をなでる。江澄はうっとりとまぶたを落とし、口付けを受けた。
     二度、三度と触れ合った唇が突然角度を変えて強く押し付けられた。
     びっくりして目を開けると、やけに真剣なまなざしとぶつかった。
    「江澄」
     低い声に呼ばれて肩が震えた。
     なに、と問う間もなく腰を引き寄せられて、再び口を合わせられる。ぬるりと口の中に入ってくるものがあった。思わず頭を引こうとすると、ぐらり 1582

    sgm

    DONE曦澄ワンドロお題「看病」
    Twitterにあげていた微修正版。
    内容に変わりません。
     手足が泥に埋まってしまったかのように身体が重く、意識が朦朧としている中、ひやりとした感覚が額に当てられる。藍曦臣はゆっくりと重い瞼を開いた。目の奥は熱く、視界が酷くぼやけ、思考が停滞する。体調を崩し、熱を出すなどいつぶりだろうか。金丹を錬成してからは体調を崩すことなどなかった。それ故にか十数年ぶりに出た熱に酷く体力と気力を奪われ、立つこともできずに床について早三日になる。
    「起こしたか?」
     いるはずのない相手の声が耳に届き、藍曦臣は身体を起こそうとした。だが、身体を起こすことが出来ず、顔だけを小さく動かした。藍曦臣の横たわる牀榻に江澄が腰掛け、藍曦臣の額に手を当てている。
    「阿、澄……?」
     なぜここにいるのだろうか。藍家宗主が体調を崩しているなど、吹聴する門弟はいないはずで、他家の宗主が雲深不知処に来る約束などもなかったはずだ。仮にあったとしても不在として叔父や弟が対応するはずだ。当然江澄が訪れる約束もない。
    「たまたま昨夜この近くで夜狩があってな。せっかくだから寄ったんだ。そしたら貴方が熱を出しているというから」
     目を細め、伸びて来た江澄の指が額に置かれた布に触れる。藍曦臣の 1972