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    takami180

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    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    47都道府県グルメ曦澄企画
    くず餅——京都府

     つやを消した木のテーブルと、線の細い椅子の組み合わせはいかにも現代風で、江澄は自分がひどく場違いであるような気分になった。
     対して、向かいに座った藍曦臣は周囲の視線を一身に浴びつつも、まったく意に介していない。
    「楽しみにしていたんです」
     言葉通り、藍曦臣は旅行前からこの茶房に行きたいと言っていた。今日は開店時間に到着できるようにとスケジュールを組んだほどだ。
    「あなたはなににします? 私はもう決めているので」
     差し出されたメニューを受け取りつつ、江澄は笑った。
    「せっかくだから、あなたと同じものにしようか。有名なんだろう? くずもちってやつが」
     メニューはいたって簡素だった。四種類の甘味と、数種の飲み物だけ。この中でどうして藍曦臣がくずもちを選んだのか、興味もあった。
    「飲み物は? 私はほうじ茶にしますが」
    「珈琲だな」
     藍曦臣は店員を呼ぶと手早く注文を済ませ、テーブルの上にガイドブックを広げた。
     昨日は一日中京都市内を歩き回り、夜までしっかり堪能したのもあって、今朝の出発はゆっくりだった。午後は宇治に足を延ばす。
    「宇治では抹茶だったか?」
    「そうです、ここです。ここも行きたかったんですよ」
     藍曦臣は宇治のページを開いて、片隅に載っているカフェを指した。彼が選ぶ場所にはもれなく甘味がついてくる。
    「昼飯はどうする?」
     時刻は十一時すぎである。くずもちとやらを食べて、すぐに昼食とはいかないだろうと江澄が尋ねると、藍曦臣も難しい顔をした。
    「そうなんですよね。とりあえず、宇治駅に出たら軽く食べようかと思っています」
    「腹が減ってたら考えればいいか」
     江澄はスマホで電車の時間を検索した。だいたい一時間ちょっとで宇治駅に着く。そこから目的地までは徒歩ですぐだから、昼食を取っても拝観する時間は問題なく持てるだろう。
     ほどなく、くずもちがやってきた。
     黒い器の中で、半透明のかたまりが折り重なっている。
     添えられているのは黒蜜ときな粉だった。
     江澄は藍曦臣にならって、小さじできな粉を振りかけた後、黒蜜を垂らした。器の色が黒いせいで、たっぷりとかけると半透明が器に沈んでいくように見える。
     塗りのさじで小さめに切り分けてすくう。
     すんなりとさじにのったくずもちは、器の中にいたときよりも、透きとおって見える。
    「黒蜜の香りがすばらしいですよ」
     藍曦臣はすでに二口目だ。江澄はぱくりとさじを口に含んだ。
     意外と、甘ったるくはなかった。黒蜜の甘さはすっきりとしていて、するりとのどを通ってしまう。
    「もっと、甘いかと思った」
    「ほどよいですよね」
    「ああ、うまい」
     江澄は二さじ目を口に運び、置きっぱなしにしていた珈琲を飲んだ。もっと甘いかと思って珈琲にしたけれど、お茶のほうがよかったかもしれない。
     江澄はぱくぱくと食べ進め、くずもちはあっという間に姿を消した。
     正直、物足りない量だった。
    「ところで、江澄。相談があります」
     向かいでは最後の一口を飲み込んだ藍曦臣が、やけにまじめな表情をして江澄を見た。
     江澄は思わず居住まいをただした。
    「ど、どうした」
    「実は、宇治には、抹茶くずもちというものがあるようでして」
    「……うん」
    「できれば、ここの甘味屋さんにも寄りたいのですけれど」
     差し出されたスマホには、鮮やかな緑色のくずもちが映し出されている。
     江澄が無言でそれを見つめていると、藍曦臣は慌てて弁解した。
    「お昼は、もちろん、ちゃんと食べますよ。ここのはお土産で買いに行きたくてですね」
    「つまり、食べ比べしたいんだろ?」
    「まあ、その、おいしそうですよね?」
    「そうだな」
     江澄はこらえきれずに吹き出した。いつもはあまり主張の強くないこの人が、こうしてたまに見せるこだわりがかわいいと思う。
     珈琲の残りを飲み干して、江澄は席を立った。
    「曦臣、行こう。まずは昼飯だ」
    「あ、ええ、はい」
    「そのあとで抹茶くずもち買って、世界遺産って順番でいいか」
    「ええ!」
    「昼飯は……、いっそのこと、抹茶そばにするか」
    「いいんですか?」
    「なんだ、それも食べたかったのか?」
    「ええ、まあ、実は」
    「早く言えよ」
    「でも、抹茶ばかりになってしまいますし……」
    「そういうもんだろ、観光なんだし」
     江澄と藍曦臣はそろって茶房の出口へと階段を下り、エントランスで上着を羽織った。
     ガラス戸を押せば石畳に出る。
     狭い小道はすぐにアスファルト敷きの道につながっている。
     ふと、藍曦臣の手が江澄の背をぽんとたたいた。
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    sgm

    DONEアニメ9話と10話の心の目で読んだ行間。
    現曦澄による当時の思い出話。
    諸々はアニメに合わせて。ややバレあり。
    [蓮の花咲く]にいれよ〜て思って結局入らなかったやつ
     藍曦臣と睦みあいながらも交わす言葉は、睦言ばかりではなかった。
     夕餉の後、蓮花塢ならば江澄の私室か、真冬以外は四阿で。雲深不知処ならば寒室で。酒と茶を飲みながら語り合う。対面で語り合うときもあれば、すっぽりと藍曦臣に後ろから抱きこまれている時もあるし、藍曦臣の膝を枕にして横たわりながらの時もあった。
     一見恋人として睦みあっているかのようでも、気が付けば仕事の話の延長線上にあるような、最近巷で噂になっている怪異について、天気による農作物の状況や、商人たちの動きなど領内の運営についての話をしていることも多い。
     六芸として嗜んではいるが、江澄は藍曦臣ほど詩や楽に卓越しているわけでもなく、また興味はないため、そちらの方面で会話をしようとしても、あまり続かないのだ。そちらの方面の場合はもっぱら聞き役に徹していた。ただ聞いているだけではなく、ちょうど良い塩梅で藍曦臣が意見を求めてきたり、同意を促してくるから、聞いていて飽きることはなかった。書を読まずとも知識が増えていくことはなかなか良いもので、生徒として藍曦臣の座学を受けているような気分になれた。姑蘇藍氏の座学は今でも藍啓仁が取り仕切って 5582

    takami180

    PROGRESSたぶん長編になる曦澄その7
    兄上、簫を吹く
     孫家の宗主は字を明直といった。彼は妻を迎えず、弟夫婦から養子を取っていた。その養子が泡を食ったように店の奥へと駆け込んできたのは夕刻だった。
    「だんなさま! 仙師さまが!」
     十歳に満たない子だが、賢い子である。彼は養子がこれほど慌てているのを見たことがなかった。
    「仙師様?」
    「江家の宗主様がいらしてます!」
     明直は川に水妖が出ていることを知っていた。そして、江家宗主が町のために尽力しているのも知っていた。
     彼はすぐに表へ出た。
     江家宗主は髪を振り乱し、水で濡れた姿で待っていた。
    「孫明直殿だな」
    「はい、そうですが、私になにか」
    「説明している時間が惜しい。来てくれ。あなたの協力が必要だ」
    「はあ」
    「あなたに危害は加えさせないと約束する。川の水妖があなたを待っている」
     訳が分からぬままに貸し馬の背に乗せられて、明直は町の外へと向かう。江家宗主の駆る馬は荒々しかったが、外壁を出ると何故か速度が落ちた。
    「あの場で説明できずに申し訳ない。あなたは十年前の嵐の日に死んだ芸妓を覚えているか」
     忘れるはずがない。彼女は恋人だった。
     父親の許しを得られず、朱花とは一緒に町を出る 2613