つやを消した木のテーブルと、線の細い椅子の組み合わせはいかにも現代風で、江澄は自分がひどく場違いであるような気分になった。
対して、向かいに座った藍曦臣は周囲の視線を一身に浴びつつも、まったく意に介していない。
「楽しみにしていたんです」
言葉通り、藍曦臣は旅行前からこの茶房に行きたいと言っていた。今日は開店時間に到着できるようにとスケジュールを組んだほどだ。
「あなたはなににします? 私はもう決めているので」
差し出されたメニューを受け取りつつ、江澄は笑った。
「せっかくだから、あなたと同じものにしようか。有名なんだろう? くずもちってやつが」
メニューはいたって簡素だった。四種類の甘味と、数種の飲み物だけ。この中でどうして藍曦臣がくずもちを選んだのか、興味もあった。
「飲み物は? 私はほうじ茶にしますが」
「珈琲だな」
藍曦臣は店員を呼ぶと手早く注文を済ませ、テーブルの上にガイドブックを広げた。
昨日は一日中京都市内を歩き回り、夜までしっかり堪能したのもあって、今朝の出発はゆっくりだった。午後は宇治に足を延ばす。
「宇治では抹茶だったか?」
「そうです、ここです。ここも行きたかったんですよ」
藍曦臣は宇治のページを開いて、片隅に載っているカフェを指した。彼が選ぶ場所にはもれなく甘味がついてくる。
「昼飯はどうする?」
時刻は十一時すぎである。くずもちとやらを食べて、すぐに昼食とはいかないだろうと江澄が尋ねると、藍曦臣も難しい顔をした。
「そうなんですよね。とりあえず、宇治駅に出たら軽く食べようかと思っています」
「腹が減ってたら考えればいいか」
江澄はスマホで電車の時間を検索した。だいたい一時間ちょっとで宇治駅に着く。そこから目的地までは徒歩ですぐだから、昼食を取っても拝観する時間は問題なく持てるだろう。
ほどなく、くずもちがやってきた。
黒い器の中で、半透明のかたまりが折り重なっている。
添えられているのは黒蜜ときな粉だった。
江澄は藍曦臣にならって、小さじできな粉を振りかけた後、黒蜜を垂らした。器の色が黒いせいで、たっぷりとかけると半透明が器に沈んでいくように見える。
塗りのさじで小さめに切り分けてすくう。
すんなりとさじにのったくずもちは、器の中にいたときよりも、透きとおって見える。
「黒蜜の香りがすばらしいですよ」
藍曦臣はすでに二口目だ。江澄はぱくりとさじを口に含んだ。
意外と、甘ったるくはなかった。黒蜜の甘さはすっきりとしていて、するりとのどを通ってしまう。
「もっと、甘いかと思った」
「ほどよいですよね」
「ああ、うまい」
江澄は二さじ目を口に運び、置きっぱなしにしていた珈琲を飲んだ。もっと甘いかと思って珈琲にしたけれど、お茶のほうがよかったかもしれない。
江澄はぱくぱくと食べ進め、くずもちはあっという間に姿を消した。
正直、物足りない量だった。
「ところで、江澄。相談があります」
向かいでは最後の一口を飲み込んだ藍曦臣が、やけにまじめな表情をして江澄を見た。
江澄は思わず居住まいをただした。
「ど、どうした」
「実は、宇治には、抹茶くずもちというものがあるようでして」
「……うん」
「できれば、ここの甘味屋さんにも寄りたいのですけれど」
差し出されたスマホには、鮮やかな緑色のくずもちが映し出されている。
江澄が無言でそれを見つめていると、藍曦臣は慌てて弁解した。
「お昼は、もちろん、ちゃんと食べますよ。ここのはお土産で買いに行きたくてですね」
「つまり、食べ比べしたいんだろ?」
「まあ、その、おいしそうですよね?」
「そうだな」
江澄はこらえきれずに吹き出した。いつもはあまり主張の強くないこの人が、こうしてたまに見せるこだわりがかわいいと思う。
珈琲の残りを飲み干して、江澄は席を立った。
「曦臣、行こう。まずは昼飯だ」
「あ、ええ、はい」
「そのあとで抹茶くずもち買って、世界遺産って順番でいいか」
「ええ!」
「昼飯は……、いっそのこと、抹茶そばにするか」
「いいんですか?」
「なんだ、それも食べたかったのか?」
「ええ、まあ、実は」
「早く言えよ」
「でも、抹茶ばかりになってしまいますし……」
「そういうもんだろ、観光なんだし」
江澄と藍曦臣はそろって茶房の出口へと階段を下り、エントランスで上着を羽織った。
ガラス戸を押せば石畳に出る。
狭い小道はすぐにアスファルト敷きの道につながっている。
ふと、藍曦臣の手が江澄の背をぽんとたたいた。