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    takami180

    @takami180
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    曦澄のみです。

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    たぶん長編になる曦澄その7
    兄上、簫を吹く

    #曦澄

     孫家の宗主は字を明直といった。彼は妻を迎えず、弟夫婦から養子を取っていた。その養子が泡を食ったように店の奥へと駆け込んできたのは夕刻だった。
    「だんなさま! 仙師さまが!」
     十歳に満たない子だが、賢い子である。彼は養子がこれほど慌てているのを見たことがなかった。
    「仙師様?」
    「江家の宗主様がいらしてます!」
     明直は川に水妖が出ていることを知っていた。そして、江家宗主が町のために尽力しているのも知っていた。
     彼はすぐに表へ出た。
     江家宗主は髪を振り乱し、水で濡れた姿で待っていた。
    「孫明直殿だな」
    「はい、そうですが、私になにか」
    「説明している時間が惜しい。来てくれ。あなたの協力が必要だ」
    「はあ」
    「あなたに危害は加えさせないと約束する。川の水妖があなたを待っている」
     訳が分からぬままに貸し馬の背に乗せられて、明直は町の外へと向かう。江家宗主の駆る馬は荒々しかったが、外壁を出ると何故か速度が落ちた。
    「あの場で説明できずに申し訳ない。あなたは十年前の嵐の日に死んだ芸妓を覚えているか」
     忘れるはずがない。彼女は恋人だった。
     父親の許しを得られず、朱花とは一緒に町を出る約束をしていた。その日に嵐が来てしまった。
    「覚えております」
     明直は嵐の中、隠れて家から出ようとして、塀を乗り越えそこねた。足の骨を折ったのだ。
     そして、朱花は死んだ。恋人が来ないことに絶望したのか。町の人は身投げだと言った。そうだとしたら、彼女を殺したのは自分だ。
    「川の水妖はその芸妓だ」
     そのとき、明直の耳に歌が聞こえた。
     懐かしい歌だった。
    「阿花……?」
     江家宗主の向かう先には大勢の仙師がいた。
     彼らは皆、川に浮かぶ水柱に向かっている。
    「阿花!」
     馬が足を止めた。明直は転がり落ちるようにして馬から降りた。
     水の柱に色がつく。
     朱と金の舞台衣装だ。
     彼女は笑って、明直の下まで降りてきた。
    「ごめん! ごめん! 阿花! 会いにきたよ!」
     朱花は歌う。
     恋を歌う。
     あなたはいつ会いに来るのだろう。
     私は三日も待ちぼうけ。
     次に会えたときにはほおをつねってやるんだから。
    「阿花、俺も連れて行ってくれ!」
     あなたは川を渡って会いに来るの。
     あなたは川を渡って会いに来るの。
     私に会いに来るの。
    「阿花!」
     明直が手を伸ばした先で、水妖は消えた。ぱしゃりと水となって地に落ちた。
     
     江澄は身も世もなくくずおれて泣く男を見ていた。すでに水妖の気配はない。
     不意に藍曦臣の楽の調子が変わった。旋律から明るさが消え、次第に鎮魂の調べに移っていく。
     江澄は静かに三毒を抜き、空へと舞い上がる。水妖の加護を失った邪祟が、邪祟とも言えないような怨みが、川の上にさまよい出す。
     江澄は呪符を放った。それを見て、師弟らも各々の呪符で鎮魂を行なっていく。
     赤く染まる川面に、仙師たちが飛び交う影が映っていた。



     妓楼から楽の音が流れてくる。夜空の下をトンシャントンシャン、と軽快に跳ねていく。
     江澄は窓辺に腰かけて、盃を傾けた。
     水妖の最後を思い出す。ひょっとすると、かの芸妓は身投げでなかったのかもしれない。彼女の歌はいずれも恋を歌っていた。世間を恨んでいたならば、もっと強力な邪祟となっていただろう。
     嵐の夜だ。事故だったとしてもおかしくない。
     しかし、今さらである。芸妓は戻らず、水妖は消え、世間の認識は変わることはない。孫明直も、彼の後悔もきっと変わらない。
    「考えごとをなさっていますか?」
     藍曦臣は机の向こう側に座っていた。彼の前にあるのは当然お茶である。江澄は首を振った。
    「いや、終わってよかったなと」
    「そうですね」
     藍曦臣は穏やかに微笑む。かつて、雲深不知処で江澄が見た笑顔だ。
     不思議なものだ。たかだか三日を過ごしただけなのに、これほど気安く話すようになるとは思っていなかった。
    「明日はどうするつもりだ」
     事件は片付いた。明日には蓮花塢に戻る。だから江澄は、藍曦臣になにがしたいかと聞いたつもりだった。藍啓仁にはしばらく彼を預かってくれと言われていた。
     藍曦臣はわずかに視線を下げた。
    「姑蘇に帰ります」
    「戻るのか?」
    「ええ、帰ったら閉関を解こうと考えています」
     思いがけない言葉だった。いったい彼に何が起きたのか。江澄は口を開けたまま返事ができなかった。
    「今日の、あの方はずっと抱えてきたのでしょうね。そして、これからも抱えていくのでしょう。己の罪は誰に明らかにされなくても、自分だけは承知していますから」
     藍曦臣の目はここにいない者を見ている。金光瑶を見ているのだと江澄は思った。
    「私も、それでいいのだとようやく思えました。もういいのです」
     藍曦臣にとって金光瑶は特別だろう。それは以前から知っている。
    (でも、なんで俺に向かって言うんだ?)
     忘れない、と決めたのならそれでいい。江澄には関わりのないことだ。
     だが、なんともいえない苛立ちが腹の底に横たわる。気に食わなくて酒をあおった。
    「晩吟、ありがとうございます」
    「礼を言うとしたら俺の方だろう」
    「いえ、私の方です。あなたのおかげですから」
     おかげというならばもう少し雲夢にいればいい。結局、この男が蓮花塢にいたのは一晩だけだ。
     江澄はふらりと立ち上がって、藍曦臣の隣に座った。
     美しい顔をじっと見る。きょとんと見返してくるのが気に入らない。
     そういえば、この人がどうして自分にこだわったのか、まだ聞いていなかった。魏無羨の言う通り、弟なのか。義弟の代わりなのか。彼を忘れないと決めたから不要になったのか。
     不要になったと言われたとき、自分はどうするのか。
     江澄はふいと顔をそらした。
    「いつでも遊びに来ればいい。また、蓮の実を食わせてやる」
    「はい、ぜひ」
     嬉しそうに笑っているのだろうか。きっとそうだろう。善良な人だから、この距離で江澄が腹立ちをごまかしているなんて思い付かないのだろう。
     次に会えたときにはほおをつねってやるんだから。
     どうしてか、恋歌の一節を思い出し、江澄は眉根を寄せた。
     妓楼の楽はまだ続いている。
     きっと、亥の刻を超えても続くのだろう。
     盃に酒を注ぎ、口に含む。
     夜が更けていくのがひどく惜しかった。
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    2629

    takami180

    PROGRESS続長編曦澄2
    あなたと手を繋いでいたい
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     冬になる前には、と言っていたもののそれは叶わず、藍曦臣の訪問は結局、冬の訪れを待ってからになった。
     猾猿が及ぼした影響は深く、姑蘇の地は冬支度がなかなか終わらなかった。
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    「そうだが」
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     なにがそんなに楽しいのだろう。江澄はまじまじと見返した。
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    「こんな、なにもない湖を見て、そんなに楽しそうにできるのはあなたぐらいだ」
    「そうでしょうか」
     風が吹く。北からの冷たい風が二人の背中をなでる。
    「きっと、あなたと一緒だからですね」
     江澄 1152

    sgm

    DONE江澄誕としてTwitterに上げていた江澄誕生日おめでとう話
    江澄誕 2021 藍曦臣が蓮花塢の岬に降り立つと蓮花塢周辺は祭りかのように賑わっていた。
     常日頃から活気に溢れ賑やかな場所ではあるのだが、至るところに店が出され山査子飴に飴細工。湯気を出す饅頭に甘豆羹。藍曦臣が食べたことのない物を売っている店もある。一体何の祝い事なのだろうか。今日訪ねると連絡を入れた時、江澄からは特に何も言われていない。忙しくないと良いのだけれどと思いながら周囲の景色を楽しみつつゆっくりと蓮花塢へと歩みを進めた。
     商人の一団が江氏への売り込みのためにか荷台に荷を積んだ馬車を曳いて大門を通っていくのが目に見えた。商人以外にも住民たちだろうか。何やら荷物を手に抱えて大門を通っていく。さらに藍曦臣の横を両手に花や果物を抱えた子どもたちと野菜が入った籠を口に銜えた犬が通りすぎて、やはり大門へと吸い込まれていった。きゃっきゃと随分楽しげな様子だ。駆けていく子どもたちの背を見送りながら彼らに続いてゆっくりと藍曦臣も大門を通った。大門の先、修練場には長蛇の列が出来ていた。先ほどの子どもたちもその列の最後尾に並んでいる。皆が皆、手に何かを抱えていた。列の先には江澄の姿が見える。江澄に手にしていたものを渡し一言二言会話をしてその場を立ち去るようだった。江澄は受け取った物を後ろに控えた門弟に渡し、門弟の隣に立っている主管は何やら帳簿を付けていた。
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