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    sgm

    @sgm_md
    相模。思いついたネタ書き散らかし。
    ネタバレに配慮はしてません。
    シブ:https://www.pixiv.net/users/3264629
    マシュマロ:https://marshmallow-qa.com/sgm_md

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    sgm

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    アニメ9話と10話の心の目で読んだ行間。
    現曦澄による当時の思い出話。
    諸々はアニメに合わせて。ややバレあり。
    [蓮の花咲く]にいれよ〜て思って結局入らなかったやつ

    #曦澄
    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation

     藍曦臣と睦みあいながらも交わす言葉は、睦言ばかりではなかった。
     夕餉の後、蓮花塢ならば江澄の私室か、真冬以外は四阿で。雲深不知処ならば寒室で。酒と茶を飲みながら語り合う。対面で語り合うときもあれば、すっぽりと藍曦臣に後ろから抱きこまれている時もあるし、藍曦臣の膝を枕にして横たわりながらの時もあった。
     一見恋人として睦みあっているかのようでも、気が付けば仕事の話の延長線上にあるような、最近巷で噂になっている怪異について、天気による農作物の状況や、商人たちの動きなど領内の運営についての話をしていることも多い。
     六芸として嗜んではいるが、江澄は藍曦臣ほど詩や楽に卓越しているわけでもなく、また興味はないため、そちらの方面で会話をしようとしても、あまり続かないのだ。そちらの方面の場合はもっぱら聞き役に徹していた。ただ聞いているだけではなく、ちょうど良い塩梅で藍曦臣が意見を求めてきたり、同意を促してくるから、聞いていて飽きることはなかった。書を読まずとも知識が増えていくことはなかなか良いもので、生徒として藍曦臣の座学を受けているような気分になれた。姑蘇藍氏の座学は今でも藍啓仁が取り仕切っている。江澄か座学に参加したときは藍曦臣が藍啓仁の補佐をしていたが、宗主になった今は座学に出ることはない。今現在において、藍曦臣の講義を聞けるのは江澄だけだった。
     その日も後ろから抱き込まれた格好で会話をしていた。
     最初は民謡や詩の話から始まった。その後英雄譚へと話題は移っていた。
     当世の英雄譚と言えば、夷陵老祖を倒さんと立ち上がり乱葬崗に先陣を切って攻め込んだと言われている江澄。射日の征で温若寒を刺した金光瑤と目覚ましい働きをした三尊、陰虎符を使った魏無羨が挙げられるが、江澄にとっても藍曦臣にとってもあまり好んで話題に上げたい内容ではなかったため、示し合わせたわけではないが自然と二人して避けた。その結果、射日の征の前、屠戮玄武を退治した魏無羨と藍忘機の話となっていった。
     温晁のこと、温晁の愛人である王霊嬌のこと。この二人に関しては、すでにこの世にいないとは言え、思い出すだけで腹が煮えくり返る。この二人のことを口にするときは、自然と身体に力が入ってしまう。そのたびに、藍曦臣の手が宥めるように江澄の身体を撫でてきた。
     もしもあの時、剣があったらどうだったろうか。十分な符があったらどうだったろうか。何人いたら。あの屠戮玄武は人を数えきれぬ程に喰っていたから、何人いても難しかったかもしれない。藍曦臣がいればまた違っていたかもしれない。
     そんな例えばの話をとつとつとして、やはり藍忘機と、魏無羨は大したものだという結論に至る。しかも、その時藍忘機は足を折られており、魏無羨は胸に温氏の焼き鏝を受けた後だというのに。剣を持たなかった自分は、あの場にいてもあの二人の足手まといだったろう。それほどに、藍忘機に魏無羨の二人と、当時の自分には何においても差があった。母にもよく言われていたことだ。
     英雄とはあの二人のことで、自分は何も出来なかった。
     年を取ったからこそ過去を振り返って自分自身を客観的に評価ができるものだ。
     少しばかり苦い思いを噛み締めながら苦笑していると、自分を抱く腕の力が強くなり、珍しく溜め息が聞こえて来た。江澄は後ろを軽く振り返る。藍曦臣の眉間には小さな皺が寄っていた。二人で睦みあっている時に藍曦臣がそんな表情を浮かべることは珍しい。
    「どうした?」
    「どうしてそう自分がしたことには無頓着なのかな」
    「何がだ?」
    「玄武洞で忘機と魏公子は屠戮玄武を二十歳前にして退治した。確かにそれは、英雄と褒められることだと思います。ですが、それだけではないでしょう? 私は、身を隠していたから、人づてにしかその時の話は聞いていないけれど」
    「さっきから何を言いたいんだ?」
    「誰のおかげで、忘機と魏公子は無事に玄武洞から出ることができたんだろう? 誰のおかげで、忘機と魏公子以外の、その場にいた公子や公主は玄武洞から出ることができたんだろう?」
     誰のおかげ、と改めて問われても、藍忘機と魏無羨が無事に玄武洞から出られたのは、あの二人が屠戮玄武を退治して生きていたからだし、自分を先頭として、他の者たちが外に出れたのは、外に出る間二人が屠戮玄武を引き付けてくれていたからだ。
    「? だから、含光君と、魏無羨が……」
    「それだけではないでしょう?」
     座学で分からぬ問題を出されて答えられない生徒のような気分だ。それだけではないと言われても何が足りないのかわからない。腕を組んでもう一度考えてみるが、やはり藍忘機と魏無羨の功績しか思い浮かばない。いつまで待っても返ってこない答えに焦れたのか、藍曦臣は江澄の身体を小さく揺らす。
    「本当にあなたという人は……」
    「すまない。何が言いたいのかよくわからない」
     困惑顔で、答えを求めた。出来の悪い生徒にでもなった気分だ。
     藍曦臣の瞳が江澄をとらえる。呆れた色は美しい琥珀の中に浮かんでいないことに江澄は胸中で安堵した。
     どう説明したものか迷うように、藍曦臣が一度瞼を閉じた。
    「……あなたの、おかげでしょう。私が忘機やその場にいた他の藍氏縁の者から聞いた限りでは、あなたが外に通じる道を潜って見つけ出し、あなたが先導して外に出た」
    「それはそうだが。外と通じてるんじゃないか、と気がついたのは含光君だぞ? 潜ったのも俺だけじゃない。魏無羨も潜った。俺が潜ったほうにたまたま外に通じる穴があっただけだ。だから、俺が先導した。それだけだ。しかもあいつは怪我をしていたのに、より危険な気づかれる可能性が高い玄武の前方に潜ったんだ」
     そんなことか、と江澄は頷いた。だが、それがどうしたというのか。あの時江氏以上に泳ぎの得意な世家はいなかった。となれば、江澄が潜るのは当たり前のことだ。もしも魏無羨の潜った前方に外に通じる穴があれば、魏無羨が先導し、自分が殿を務めた。ただ、それだけの話だ。それがなぜ自分のおかげになるのか。
    「それだけではないですよ。外に出たら温氏が弓を構えていたかもしてない。その危険を顧みずに一番に外に出たのでしょう? そして実際、弓で攻撃された」
     先導しているのだから、一番に外に出るのは当たり前のことだ。温氏が待ち伏せしているかどうかはあの時あまり考えていなかった。どちらにしろ出る以外になかった。どうして藍曦臣はそんな当たり前のことで自分のおかげだというのか。やはり江澄には理解ができない。
    「だが、そんなことは当たり前のことだろう?」
    「それが当たり前だったら、秣陵蘇氏は存在していなかったと思うよ」
    「……」
     そう言われると言葉を返せない。だが、蘇渉という男が仙門の子弟としては卑小だったというだけではないのか。
     羅青羊を率先して温氏に差し出す行動も、魏無羨を餌にして自分だけは助かろうとする行動も、そしてそれを違うと取り繕う言葉も、己さえ助かれば良いと言う言動は仙門の人間ならば唾棄されるべきだが、市井の人間であればそれほど不思議なものではない。それと同じで、江澄の行動は市井の者からすれば褒められるべき行動なのかもしれないが、仙門の人間として、宗主に将来なろうとしている身としては当然の行動だったはずだ。
     困惑を隠せない江澄に藍曦臣はただ苦笑した。
    「忘機と魏公子が屠戮玄武を引き付けていたから、無事に外に出れたのは確かだね。彼らの功績は何ら疑いようもない。けれど、あなたにも十分に功績があったでしょう? あなたがいたから外に出られたことも忘れないで」
     自分がいなくても、自分でなくとも魏無羨がいれば外に出れたのではないかと思うが、藍曦臣の言いたいことは、そういうことではないのだろう。あの日、あの時、あの状況下においては自分の働きも役に立っていたということか。二十年近く経って初めて気が付かされる。
    「……そんなこと、考えてもみなかった」
    「雲夢まで片道五日かかる距離を休むことなく戻ったのでしょう? 五日は普通に帰れた場合の日数です。温氏に追われ、身を隠しながらだったらもっとかかっていたはずです。あなたのおかげで忘機も魏公子も生きて帰れたんですよ。剣もなく、温氏の目をかいくぐって、ほとんど休まずに雲夢まで行き、休むことなくすぐに戻って入り口を掘ってくれた。随分と遅い礼になるけれど、改めて言わせて欲しい。忘機と魏公子を助けてくれてありがとう」
     ゆっくりと藍曦臣が微笑む。江澄は瞬きを繰り返した。何度か口を開閉し、何を言ったらよいかわからずに、結局口を閉ざした。
    「江澄?」
    「……初めてだ」
    「何がかな?」
    「そんな風に、言われたの。あの時、雲夢に戻って、父も母も、生きていたことは喜んでくれた。母上は魏無羨が、俺を逃がすのは当然だというし、父上はすぐに魏無羨を助けに行かねば、と。よくやったとは言ってもらえなかったな……」
     藍曦臣の言葉を反芻して、あの時のことを思い出し、当時の自分の感情を思い出す。藍曦臣の手が伸びてきて、江澄の頬に触れた。
    「何を思い出しているの?」
    「……別に褒められたかったわけではないし、当然のことだとは思っていたんだ。感謝されたいとも思っていなかったはずなんだが。子どもだったんだろうな。俺には何もなかった父が、江氏の家規通り屠戮玄武を倒した魏無羨に『よくやった』と言ったのを聞いて酷く羨ましくてな。悪態を魏無羨に吐いて、父に諌められた」
     例え温氏の追っ手に命を狙われながら、休まずに雲夢まで帰ったとはいえ、助けを呼びに戻り穴を掘るなんて当たり前のことだ。
     射られた弓を避けるように雲夢へと向かった。あそこで温氏の襲撃さえなければ、すぐにでも手分けして助け出せたかもしれなかったが。
     剣さえ有ればもっと早く帰れたのに。魏無羨であればもっと上手く温氏から逃げ、もっと早く雲夢に戻れたかもしれない。もっと早ければ怪我もせずに助け出せたかもしれない。
     死ぬ思いをした。けれど、誰にでもできることを誰にでも出来るような早さでしかできなかった自分はただの凡夫だったのだと、酷く自分自身が情けなく悔しくて。
     そして父に認められる、父に言葉をかけてもらえる魏無羨が羨ましくて。
     魏無羨が目を覚まして、嬉しかった。安心した。魏無羨を置いて洞窟から先導して出る時も、雲夢に戻っている時も、目を覚ますまでの三日間も気が気でなかった。余計なことさえしなければ怪我をしなくて済んだのに。矢を射られることも、大怪我をすることも、三日寝込むこともなく無事でいられただろうに。
     情けなさと羨ましさと死んでいたかもしれない心痛とがない混ぜになって口から出たのは、結果として江氏の家規に正しく従った魏無羨を非難する言葉にしかならなかった。
     これでは父に諌められても仕方がない。
     過去のこととはいえ、乾いた笑いがでる。
    「よく覚えているね」
    「そのあと魏無羨の部屋にやってきた母と父が諍いを起こしたし、魏無羨と雲夢に双傑あり、だなんて話をしたからな」
     雲夢双傑などという、魏無羨の言葉を自分自身に呪いとしてかけた日だ。魏無羨の言葉が嬉しくてそうなりたい、そうでありたい、そうあるべきだと、その言葉にずっと囚われずっと自分だけがその後もその言葉に拘り続けていくのだ。言葉に固執し、違えたのは魏無羨だと執念深く観音廟まで責め立てていく。忘れたくても忘れられるはずがなかった。
     しかも、その後、滅多に魏無羨の部屋に足を向けることなどなかった母親が珍しくやってきて、自分と魏無羨のことで父と諍いを起こしたのだ。
     どうしてあの日、母は魏無羨の部屋にやって来たのだろうか。もしもやって来なければ父との諍いもなく、雲夢双傑という楔を打ち込むこともなかったのに。
     少し考えて、一つ思い浮かぶ。藍曦臣に聞かせるわけでもなく、自分自身に聞かせるように、江澄は呟いた。
    「ああ、そうか。目が覚めたことを姉上に聞いたのか……。母は魏無羨に礼を言いに来たのだろうな。俺を守って、よく無事に帰ってきたって。それなのに間が悪かったんだな……」
     魏無羨を厭い、厳しく接している人ではあったが、義を弁える人でもあった。蓮花塢の主の一人として、無事に帰ってきた師兄を労おうとしていたのかもしれない。言葉はきっと厳しいもので、言われる魏無羨も横で聞いただろう自分も叱られているような気分になっただろうが。
    「あなたの母上がどうかしたのかい?」
    「いや、なんでもないんだ……」
     今更父と母のことに思いをはせたところで、何にもならない、と江澄は小さく首を横に振った。藍曦臣はそれ以上深く聞いてくることはなくただ、「そう」と呟いた。
    「もし私が、あの時身を隠しておらずその場にいたら、あなたに感謝していたよ」
    「……うん」
     藍曦臣の言葉がじわじわと胸に染み入り、全身に広がっていく。歓喜とも羞恥ともいえる感情で全身が包まれる。ただ昔のことを思い出して昔のことを褒められただけなのに不思議だ。
     まるで、子どものように素直に頷いてしまったことがはずがしくて、隠すように藍曦臣の肩に顔を埋めた。藍曦臣の身体が小さく震える。そっと頭を撫でられた。
     英雄であることに憧れ、だが、四百年も生きた妖獣を退治した魏無羨には劣り、結局何にもなれなかったのだと忸怩にも近い感情をあの時から抱え続けていたが、少しだけそれが薄れた気がする。それと同時に悲しいわけでもないのに、涙が出そうになり、江澄は顔を上げられなくなった。
     撫でてくる手が心地よく、江澄は瞼を閉じた。
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    sgm

    DONE去年の交流会でP4P予定してるよーなんて言ってて全然終わってなかったなれそめ曦澄。
    Pixivにも上げてる前半部分です。
    後半は此方:https://poipiku.com/1863633/6085288.html
    読みにくければシブでもどうぞ。
    https://www.pixiv.net/novel/series/7892519
    追憶相相 前編

    「何をぼんやりしていたんだ!」
     じくじくと痛む左腕を抑えながら藍曦臣はまるで他人事かのように自分の胸倉を掴む男の顔を見つめた。
     眉間に深く皺を刻み、元来杏仁型をしているはずの瞳が鋭く尖り藍曦臣をきつく睨みつけてくる。毛を逆立てて怒る様がまるで猫のようだと思ってしまった。
     怒気を隠しもせずあからさまに自分を睨みつけてくる人間は今までにいただろうかと頭の片隅で考える。あの日、あの時、あの場所で、自らの手で命を奪った金光瑶でさえこんなにも怒りをぶつけてくることはなかった。
     胸倉を掴んでいる右手の人差し指にはめられた紫色の指輪が持ち主の怒気に呼応するかのようにパチパチと小さな閃光を走らせる。美しい光に思わず目を奪われていると、舌打ちの音とともに胸倉を乱暴に解放された。勢いに従い二歩ほど下がり、よろよろとそのまま後ろにあった牀榻に腰掛ける。今にも崩れそうな古びた牀榻はギシリと大きな悲鳴を上げた。
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    sgm

    DONE江澄誕としてTwitterに上げていた江澄誕生日おめでとう話
    江澄誕 2021 藍曦臣が蓮花塢の岬に降り立つと蓮花塢周辺は祭りかのように賑わっていた。
     常日頃から活気に溢れ賑やかな場所ではあるのだが、至るところに店が出され山査子飴に飴細工。湯気を出す饅頭に甘豆羹。藍曦臣が食べたことのない物を売っている店もある。一体何の祝い事なのだろうか。今日訪ねると連絡を入れた時、江澄からは特に何も言われていない。忙しくないと良いのだけれどと思いながら周囲の景色を楽しみつつゆっくりと蓮花塢へと歩みを進めた。
     商人の一団が江氏への売り込みのためにか荷台に荷を積んだ馬車を曳いて大門を通っていくのが目に見えた。商人以外にも住民たちだろうか。何やら荷物を手に抱えて大門を通っていく。さらに藍曦臣の横を両手に花や果物を抱えた子どもたちと野菜が入った籠を口に銜えた犬が通りすぎて、やはり大門へと吸い込まれていった。きゃっきゃと随分楽しげな様子だ。駆けていく子どもたちの背を見送りながら彼らに続いてゆっくりと藍曦臣も大門を通った。大門の先、修練場には長蛇の列が出来ていた。先ほどの子どもたちもその列の最後尾に並んでいる。皆が皆、手に何かを抱えていた。列の先には江澄の姿が見える。江澄に手にしていたものを渡し一言二言会話をしてその場を立ち去るようだった。江澄は受け取った物を後ろに控えた門弟に渡し、門弟の隣に立っている主管は何やら帳簿を付けていた。
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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

    takami180

    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
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     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
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    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
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     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

    takami180

    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
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